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舌の戦い Tongue War:から騒ぎ


「から騒ぎ」という劇を彩っているものの中で最も印象的なのは、ベネディックとベアトリスの二人が繰り広げる舌戦 Tongue War だ。第一幕の第一場つまり劇が始まるとともに、この二人は舌戦を始め、互いに言葉で相手を圧倒しようとする。そしてその舌戦は二人が婚約を誓い合い、結婚へ向かって陽気な結幕を迎えるまで延々と続く。

この劇の見どころはだから、陽気な男女が繰り広げる陽気な罵りあいということさえできるほどだ。その罵りあいは、あのラブレーが繰り広げた市場の罵言と通じ合っている。読者はこの罵りあいの中から、ルネサンス精神の一端を感じ取ることができよう。ルネサンス精神とは生命の豊穣を賛歌するところにあるが、その豊穣は言葉に宿っていると考えられ、しかも卑猥で乱雑なほど、言葉は豊穣さを具現すると信じられていたのだ。

  ベアトリス:まだしゃべってるの、ベネディック
   だれも聞いてないわよ
  ベネディック:これは 高慢ちきさん まだ生きてたのかね
  ベアトリス:高慢が死ねると思うの? あなたみたいな
   おいしそうな餌を目の前にして
   あなたの顔を見ると
   どんなにおしとやかなものでも高慢になるわ
  ベネディック:それじゃ しとやかな女は浮気者というわけだ
   たしかに 女という女はこの俺にほれるんだ
   あんただけは別だけどな 
   おれの心がもうすこし優しく出来ているといいんだが
   おれは女にほれることが出来ないんでね
  ベアトリス:女にとってもっけの幸いよ 
   あなたみたいな人に うるさく付きまとわれては迷惑するもの
   わたしのほうも幸い 男にほれたりしないわ
   男のくどき文句を聞かされるくらいなら
   犬がカラスに吠え掛かる声を聞くほうがましよ
  ベネディック:どうかそのまま心変わりしないよう祈るよ
   そうすれば男たちも顔に生傷を作らないですむ
  ベアトリス:その顔なら 生傷があってもなくても
   たいした違いはなさそうね
  ベネディック:こういえば ああいう 
   オームの学校の先生にでもなるがいい
  ベアトリス:わたしの生徒たちは 
   あなたの生徒たちよりましでしょうよ
  ベネディック:俺の馬があんたの舌より足が速く
   息も続いてくれればよいのだが
   だがこのへんにしておこう おれはもう降りた(第一幕第一場)
  BEATRICE:I wonder that you will still be talking, Signior
   Benedick: nobody marks you.
  BENEDICK:What, my dear Lady Disdain! are you yet living?
  BEATRICE:Is it possible disdain should die while she hath
   such meet food to feed it as Signior Benedick?
   Courtesy itself must convert to disdain, if you come
   in her presence.
  BENEDICK:Then is courtesy a turncoat. But it is certain I
   am loved of all ladies, only you excepted: and I
   would I could find in my heart that I had not a hard
   heart; for, truly, I love none.
  BEATRICE:A dear happiness to women: they would else have
   been troubled with a pernicious suitor. I thank God
   and my cold blood, I am of your humour for that: I
   had rather hear my dog bark at a crow than a man
   swear he loves me.
  BENEDICK:God keep your ladyship still in that mind! so some
   gentleman or other shall 'scape a predestinate
   scratched face.
  BEATRICE:Scratching could not make it worse, an 'twere such
   a face as yours were.
  BENEDICK:Well, you are a rare parrot-teacher.
  BEATRICE:A bird of my tongue is better than a beast of yours.
  BENEDICK:I would my horse had the speed of your tongue, and
   so good a continuer. But keep your way, i' God's
   name; I have done.

この二人の舌戦は「じゃじゃ馬馴らし」におけるカタリーナとペトルーチオのそれを思わせる。だがカタリーナはペトルーチオの勢いに圧倒され、程なくして舌鋒を収め、夫に従順な妻に変身してしまう。それに対してベアトリスは最後までベネディックに屈服しない。それどころか、ヒーローを手痛く侮辱したクローディオを殺すようにベネディックに命令し、それに従わせさえする。ベアトリスは強い女なのだ。

ベネディックがそんなベアトリスを愛するようになるのは、自分の意思からではない。ドン・ペドロの仕掛けた茶番劇にそそのかされて、心ならずも彼女を愛してしまうのである。

ベアトリスを愛してしまうまでは、ベネディックは独身主義者だった。その理由が振るっている。女房をもつことは、寝取られ亭主になる危険性を含んでいるからというのだ。女房を寝取られて世間の笑いものになるよりは、はじめから女房を持たないほうがよいという理屈だ。

  ベネディック:おれは女に生んでもらった その点女に感謝します
   おれは女に育ててもらった その点も女に感謝します
   だが女がもとで額に角笛を吹きかけられたり
   知らぬ間に背中にラッパをぶら下げられるのは沢山だ
   女を信じたためにひどい目にあうなんてことにならないよう
   始めから女を信じないようにしてるんです
   つまり 一生独身で通すつもりです(第一幕第一場)
  BENEDICK:That a woman conceived me, I thank her; that she
   brought me up, I likewise give her most humble
   thanks: but that I will have a recheat winded in my
   forehead, or hang my bugle in an invisible baldrick,
   all women shall pardon me. Because I will not do
   them the wrong to mistrust any, I will do myself the
   right to trust none; and the fine is, for the which
   I may go the finer, I will live a bachelor.

寝取られ亭主の話は、中世からルネサンス時代にかけてのヨーロッパ諸国に共通の喜劇のテーマだった。ラブレーのパンタグリュエル物語にも、結婚する前から寝取られ亭主になることを心配するパニュルジュの話がでてくる。

寝取られ亭主が頭に角を生やしているイメージで描かれていることは、「ウィンザーの陽気な女房たち」の中でも、フォールスタッフによってたびたび言及されているところだ。ここでは角笛に加えて、背中にラッパを背負わされることになっている。角笛や背中のラッパを吹くものは、無論本人ではないだろう。

寝取られ亭主は道化のイメージと結びつく。寝取られ亭主になることを心配するベネディクトにはだから、道化のイメージも重なっている。ベネディックのもつそうした道化的性格をはじめに観客に向かって指摘するのもベアトリスである。

ヒーローに対するクローディオの求愛をきっかけに催された仮面舞踏会の会場で、互いに仮面をかぶったベアトリスとベネディックが会話を交わすシーンがあるが、その中でベアトリスはぬけぬけと、ベネディック本人に向かって、彼が道化であることを宣言するのだ。

  ベアトリス:あの人は公爵様お抱えの道化なの まったく阿呆な道化で、
   能といえばとんでもない悪口を考え出すことくらい
   あの人の話を面白がるのは気まぐれな道楽者だけよ(第二幕第一場)
  BEATRICE:Why, he is the prince's jester: a very dull fool;
   only his gift is in devising impossible slanders:
   none but libertines delight in him;

ところで面白いことに、ベアトリスとベネディックの会話は殆ど散文で語られる。彼らの会話に限らず、この劇におけるダイアローグは圧倒的に散文でなされる。劇全体の7割くらいが散文だ。

喜劇的な精神は韻文には収まりきれないということだろうか。





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