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もうひとりのヒーロー Another Hero! :シェイクスピアの喜劇「から騒ぎ」 |
シェイクスピアのほかの喜劇と同様「空騒ぎ」も主人公の若い男女たちの結婚で終わる。それには道化訳のドグベリーの活躍によって、ヒーローの疑いが晴れたことが幸いしている。 そのヒーローはクローディオたちには死んだということになっている。ヒーローが死んだのはクローディオのむごい仕打ちの結果なのであるから、ヒーローの疑いが晴れたいま、クローディオは罰として、レオナートの指定する他の女性と結婚しなければならない。その女性はヒーローの生き写しと紹介されるが、クローディオはたとえその女性がどんなブスであったとしても、罪滅ぼしのために結婚することを承諾する。 こうしてクローディオはヒーローの墓参りを済ませた後、見知らぬ女性との結婚式に望む。ところがそこに現れたのは、生き返ったヒーローだった。 クローディオ:ヒーローがもうひとりいた! ヒーロー:その通りです もうひとりのヒーローは汚れにまみれながら死にました でもわたしは生きています そして生きている限り わたしは清純な女性です CLAUDIO:Another Hero! HERO:Nothing certainer: One Hero died defiled, but I do live, And surely as I live, I am a maid.(第五幕第四場) こうしてこの喜劇はクライマックスを迎える。クライマックスはいうまでもなく結婚式の祝祭であり、喜びにあふれた登場人物たちの踊りのシーンだ。 この祝祭の中で、ベネディックはベアトリスに対して改めて求婚する。もうひとつの結婚が加わることで、喜劇の祝祭的な雰囲気はいっそう盛り上がるというわけだ。 ここでもベネディックとベアトリスの間には、当意即妙な舌戦が繰り広げられる。舌戦を制するのは無論ベアトリスだ。ベネディックはベアトリスを黙らせるために、キスをして彼女の口をふさごうとする。 ベネディック:さあ 君を妻にするぞ だが太陽にかけていうが 君を可愛そうだと思ってのことだ ベアトリス:申し入れは断らないわ でも今日という日にかけていいますけど いやいやながらそうするのよ あなたの命を救ってあげたいから だってあなたは息も絶え絶えになっているんでしょう ベネディック:なにを! その口をふさいでやる BENEDICK:Come, I will have thee; but, by this light, I take thee for pity. BEATRICE:I would not deny you; but, by this good day, I yield upon great persuasion; and partly to save your life, for I was told you were in a consumption. BENEDICK:Peace! I will stop your mouth. Kissing her こうして祝祭の感覚はいやがおうにも高まっていく。仕上げはひとびとによる踊りの輪だ。 ベネディック:さあみんな 結婚式の前にダンスをしよう 俺たちの心と女房たちの踵が軽くなるように レオナート:ダンスはあとでもよかろう ベネディック:いやダンスから始めよう 音楽を鳴らせ 公爵 ふさいでおられるようですな 奥方をもらいなさい 奥方を 頭に角が生えたら それで立派な杖を作ればいい BENEDICK:Come, come, we are friends: let's have a dance ere we are married, that we may lighten our own hearts and our wives' heels. LEONATO:We'll have dancing afterward. BENEDICK:First, of my word; therefore play, music. Prince, thou art sad; get thee a wife, get thee a wife: there is no staff more reverend than one tipped with horn. この祝祭的な踊りの輪の中で、ドン・ペドロだけが浮かぬ顔をしている。自分のしたことのナンセンスを反省しているのかもしれない。そんなドン・ペドロに向かって、ベネデッィクが結婚するよう勧めるのが面白い。 ルネサンス時代の人々にとっては、世の中のなかでもっとも素敵な出来事は男女が結ばれる結婚だったのだ。 |
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