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イザベラの機知:尺には尺を


「尺には尺を」のヒロイン・イザベラは、数多いシェイクスピア劇のヒロインたちの中でもひときわ精彩を放っている。彼女は知性的でしかも宗教的な感情に満ちており、男心を乱すほどの美貌も備えている。

その彼女が、兄の命を救おうとしてアンジェロに論争を仕掛けるところは、ユダヤの金貸しシャイロック相手に、滔々とした弁舌をふるうポーシャにそっくりだ。ポーシャが「ヴェニスの商人」と云う劇を彼女一人で采配しているように、イザベラも圧倒的な存在感を以てこの問題劇を進行させていくのだ。

イザベラの女だてらの積極性の前では、男たちは影が薄い。兄のクローディアの如きは、妹の貞操と引き換えにしてでも、自分の命が助かることを祈っている腑抜けとして描かれている。そんな兄の情けない命乞いを前にして、イザベラは一度はあきれ果てて、兄妹の絆を断ち切ろうともするが、結局は肉親の情愛にほだされて、アンジェロに兄の命乞いをするのである。

ところがアンジェロはかたくなな態度をとる。お前の兄は国法を犯したのだから死を免れることはできないと、イザベラを突き放す。イザベラはアンジェロの剣幕に最初は打ち負かされているが、そのうちだんだんと雄弁になっていく。

いったい兄が何をしたというのでしょう。恋人と結婚前にセックスしただけではありませんか。婚前とはいえ二人は深く愛し合っていたわけですから、夫婦も同然の間柄です、その夫婦同然の男女がセックスをしたからと云って、それがなぜ罪になるのでしょう。だいたい人間と云うものは、生まれてくること自体が罪なのであると、イエスさまもおっしゃっているではありませんか、そうイザベラはいうのだ。

  イザベラ:ああ なんということ?
   この世に生を受けたものはそれだけで罪を犯しています
   主は罰することができたにもかかわらず
   救済をお示しになったのです
  ISABELLA:Alas, alas!
   Why, all the souls that were were forfeit once;
   And He that might the vantage best have took
   Found out the remedy. (2.2)

人間の罪を罰する代わりに救済の手を差し伸べる、これがイエス様のなされたことです。ですからアンジェロ様も、愛する者同士の深い中に無粋な手を差し入れるようなまねをやめて、かえってその二人を祝福すべきです、とイザベラの論理は続く。

  イザベラ:慈悲深い天よ
   あなたは鋭い稲妻の一撃で
   楔も打ち込めぬほど硬くてコブだらけの樫の木は引き裂いても
   やわらかい灌木はお見逃しになる
   ところが傲慢な人間は束の間の権威をかさに着て
   自分がガラスのようにもろい存在だというコトを忘れて
   まるで狂った猿のように
   天に唾するようなまねをしては
   天使たちを悲しませるのです
  ISABELLA: Merciful Heaven,
   Thou rather with thy sharp and sulphurous bolt
   Split'st the unwedgeable and gnarled oak
   Than the soft myrtle: but man, proud man,
   Drest in a little brief authority,
   Most ignorant of what he's most assured,
   His glassy essence, like an angry ape,
   Plays such fantastic tricks before high heaven
   As make the angels weep;(2.2)

アンジェロ様、あなたはこんなことにこだわっている限り、狂った猿と同じですよ。自分が人間であるというコトに目覚めなさい、とイザベラは更に続けていく。

そんなイザベラの必死の表情を目の前にしているうちに、アンジェロはいつの間にかイザベラに恋心を感じてしまうのだ。

  アンジェロ:なんだこれは どうしたというのだ? 
   彼女と俺と 悪いのはどっちだ?
   誘惑する方とされる方と どっちのほうが罪深い? ハア!
   いや 誘惑しているのは彼女ではない この俺だ
   日の光を浴びて菫の脇に横たわりながら
   腐った肉のような匂いを立てる
   花の芳しい匂いとはまるで別の匂いだ
   女の腰軽なところよりも
   貞淑さに惑わされるなどということがありうるのか?
   荒地にはことかかぬというのに
   わざわざ聖域をけがしてまで
   悪事を働く場所を作ろうというのか? ばかな ばかな
   アンジェロ お前は何者で 何をなそうというのだ?
   彼女の美点がお前の欲情を駆り立てるというのか?
  ANGELO:What's this, what's this? Is this her fault or mine?
   The tempter or the tempted, who sins most?
   Ha!
   Not she: nor doth she tempt: but it is I
   That, lying by the violet in the sun,
   Do as the carrion does, not as the flower,
   Corrupt with virtuous season. Can it be
   That modesty may more betray our sense
   Than woman's lightness? Having waste ground enough,
   Shall we desire to raze the sanctuary
   And pitch our evils there? O, fie, fie, fie!
   What dost thou, or what art thou, Angelo?
   Dost thou desire her foully for those things
   That make her good? (2.2)

愛されたイザベラにとっては、アンジェロは愛の向う対象ではない、ただ単に兄の命を救うためのカギを握る男に過ぎないのだ。そんなザベラの心を最後に仕留めるものがあるとしたら、それは修道院がもっている宗教的な魅力だけだろう。イザベラはもともと修道女になるための儀式を行うはずだった時間を、兄の救済のために用立てていたにすぎなかったのだから。





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