HOME|ブログ本館|英詩と英文学|マザーグース|ブレイク詩集|ビートルズ|東京を描く|フランス文学 |
死んだ振り I am no counterfeit:シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー四世」第一部 |
ハリー王子はシュルーズベリーでの戦いで、宿敵ホットスパーを倒す。ホットスパーがヘンリー四世に襲い掛かり、王を殺そうとする場面にハリーが駆けつけて、間一髪で王の命を救ったのである。 ホットスパーが倒れたところには、フォールスタッフが死んだまねをして横たわっていた。王子はフォールスタッフを見て、すっかり死んでいるものと思い込む。そしてフォールスタッフのために、哀悼の言葉を発する。 ヘンリー王子;おや仲間のジャックじゃないか! お前のその肉体は 小さな命も引き止められなかったのか 哀れなやつ さらばじゃ! お前以上の人間を失っても こんな悲しい思いはしないだろう お前と一緒に空騒ぎをしていたときが むしょうになつかしく思われるぞ 今日の戦いの中で多くのものを失ったが お前を失ったことが一番残念だ いずれハラワタを抜いて葬ってやるから それまで血まみれのままパーシーのそばで寝ておれ PRINCE HENRY ; What, old acquaintance! could not all this flesh Keep in a little life? Poor Jack, farewell! I could have better spared a better man: O, I should have a heavy miss of thee, If I were much in love with vanity! Death hath not struck so fat a deer to-day, Though many dearer, in this bloody fray. Embowell'd will I see thee by and by: Till then in blood by noble Percy lie. [Exit PRINCE HENRY] だがフォールスタッフは死んでいたわけではなかった。王子が立ち去るとむっくりと起き上がり、まだ生きていることをとりあえず喜ぶのだ。 フォールスタッフ;ハラワタを抜くだって!今日ハラワタを抜いたら 明日はそれを塩漬けにして食ってもいいぞ やれやれ死んだ振りをしていてよかった さもなければ あのパーシーめにひどい目にあわされるところだった 死んだ振り? だが偽者になったわけじゃないぞ 死ねば人は偽者になる 人間の命を持っていないものはただの人間の偽者だ ところが生きていながら死んだ振りをすることは 偽者になることじゃない 生きている人間そのもののままだ 最上の勇気とは分別のことだ 俺はその分別によって自分の命を救ったのだ それにしても俺はこのパーシーめが怖い たとえここに倒れていても もしこいつが死んだ振りをしていて 俺同様起き上がったらどうなる? 実際こいつだって死んだ振りをしてるかも知れないのだ だから念のために 俺がこいつを殺したことにしておこう そうすれば俺のように起き上がったりはしないはずだ 人の目が気になるが 誰も見てるものはない FALSTAFF; [Rising up] Embowelled! if thou embowel me to-day, I'll give you leave to powder me and eat me too to-morrow. 'Sblood,'twas time to counterfeit, or that hot termagant Scot had paid me scot and lot too. Counterfeit? I lie, I am no counterfeit: to die, is to be a counterfeit; for he is but the counterfeit of a man who hath not the life of a man: but to counterfeit dying, when a man thereby liveth, is to be no counterfeit, but the true and perfect image of life indeed. The better part of valour is discretion; in the which better part I have saved my life. 'Zounds, I am afraid of this gunpowder Percy, though he be dead: how, if he should counterfeit too and rise? by my faith, I am afraid he would prove the better counterfeit. Therefore I'll make him sure; yea, and I'll swear I killed him. Why may not he rise as well as I? Nothing confutes me but eyes, and nobody sees me. ハラワタを塩漬けにして食ってもよいぞ、という言葉は、生きている喜びから発せられたものだろう。死んでいては、そんな心配までする余裕はないだろうから。 最後の言葉にあるとおり、フォールスタッフは、ホットスパーを殺したのは自分だと言い張る。それは戦功目当てのうそともいえるが、フォールスタッフ自身にとっては、それ以上の意味もある。つまり、あの恐ろしいホットスパーが本当に死んだことを、自分に確信させるためのおまじないのようなものなのだ。 |
|
前へ|HOME|歴史劇|ヘンリー四世第一部|次へ |
作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2009 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである |