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死の勝利:ロメオとジュリエット


「ロメオとジュリエット」は恋愛劇という側面と同時に、死をテーマにした劇という色彩が強い。死の影は劇のはじめの部分にすでに姿を現し、二人の恋人の至福であるべき時間にも不吉な影を垂れ、最後には二人とも飲み込んでしまう。この劇を悲劇的なものにしているのは、この死という抗いがたいものなのだ。単なる恋愛劇なら、喜劇であっても十分なのである。

死は、中世からルネサンスの時代に生きたヨーロッパ人にとっては、今日の我々には想像もできないほど身近なものだった。人々は常に死の影におびえていた。とりわけ周期的に訪れる黒死病は、あっという間に大勢の人々を天国あるいは地獄に連れ去ってしまう。ひとびとはそのすさまじい破壊力を前にして、自分たちの無力を嘆き悲しむほかはなかった。カーニバルを彩った祝祭的な時空感覚は、この日常的な同伴者としての死を、一瞬たりとも忘れたいという希求を内包していたのである。

この劇でシェイクスピアは、死を擬人的に描いている。死は抽象的なものではなくて、明確なイメージをともなった、感覚的な対象だったのだ。

感覚的な対象としての死を、視覚的にイメージしたものとして、死の勝利と題される一連の作品がある。それらの中で死は、きわめて具体的な形象の中に描かれている。シェイクスピアがこの劇で取っている死へのイメージ付与も、こうした同時代人の死についてのイメージと共通するものがある。

たとえばブリューゲルの作品「死の勝利」では、死神が結婚式の宴会に偲んできて、ワインの瓶をひっくり返し、おびえた道化がテーブルの下に隠れようとしている。その脇では何も知らないカップルが踊っているが、伴奏をしているのはもう一人の別の死神である。死は常に我々の身近に、たとえ幸福の絶頂においても、付き添うようにそばにいるのだという思想を、この絵は表現している。

また同じブリューゲルの作品「魔女フリート」では、死は地獄のイメージとして、なにもかもを飲み込んでしまう巨大な口になって現れる。それはすべてを飲み込むという点で、ハラワタと結びつく。ロメオが叫ぶ死についての言葉も、そうしたイメージを踏まえているのだ。

  ロメオ:このいまいましい胃袋 死神のハラワタめ
   よくも地上の花ともいうべきものを飲み込んだな
   お前のその腐った顎をこじ開けて
   見せしめにもうひとつ餌食を詰め込んでやるぞ
  ROMEO:Thou detestable maw, thou womb of death,
   Gorged with the dearest morsel of the earth,
   Thus I enforce thy rotten jaws to open,
   And, in despite, I'll cram thee with more food!

英語にあっては、墓 Tomb は子宮 Womb と響きあう言葉である。このことから死は、単純にマイナスイメージのものではなかった。それは死とともに、新しい命の誕生とも結びついていたわけだ。墓はだから死と再生の交差する場所なのである。

もっともシェイクスピアは、墓のもつ陰湿な空気を強調するのは忘れていない。主にジュリエットによって発せられる、そうした墓の陰惨さについての言葉は、当時の人々が死というものについて抱いていた、恐怖や絶望の気持ちを反映しているのだと受け取れる。

そんな墓の中で死んで横たわっているジュリエットを見つけたロメオは、ジュリエットがまだ生きたままの美しさを失わないでいるのを見て、感嘆の声を上げる。

  ロメオ:いとしいジュリエット
   お前は死んでもなお美しい
   うつろな死神がお前に恋をしているのか
   あの汚らわしい怪物が死の暗黒の中で
   お前を愛人として囲っているとでもいうのか
  Romeo:Ah, dear Juliet,
   Why art thou yet so fair? shall I believe
   That unsubstantial death is amorous,
   And that the lean abhorred monster keeps
   Thee here in dark to be his paramour?

ここにみられるように、死神は時には死者をすぐに腐敗解体させず、生きたままの姿に保ち続けさせることもある。人々の前にそのような姿で現れる死者は魔女あるいは魔法使いとして恐れられる。だがシェイクスピアはここではあくまで、ジュリエットの美しさが死神を惑わせたのだといっている。





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