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コリオレイナス:シェイクスピア最後の悲劇


「コリオレイナス」は「アテネのタイモン」とともにシェイクスピアの最後の悲劇である。この両者には故国に絶望した男の話と云う共通性があるが、「コリオレイナス」には「ジュリアス・シーザー」と共通の問題をテーマにしているという側面もある。それは歴史における英雄の解釈をめぐる問題である。

ジュリアス・シーザーという歴史上まぎれもない英雄を、シェイクスピアは文句のない英雄としてはとらえなかった。シーザーが英雄になるのは、ある意味で民衆の犠牲の上にである、そう解釈した。英雄とは独裁者に通じる面をもっているのであり、その意味で、手放しで認められるものではない。

だからシェイクスピアは「ジュリアス・シーザー」という劇の中で、シーザーを倒すことになるブルータスという人物に陰影を持たせた。この劇の真の主人公はブルータスだといわんばかりに。ブルータスはシーザーに独裁者としての資質を認めたからこそ、シーザーを倒した。それはローマの民主主義を守るためのやむに已まれぬ行為だったというわけである。

コリオレイナスもやはり歴史上の英雄であった。英雄であるからこそ、シーザーの場合と同様に独裁者になる可能性も高かった。独裁者が専制君主になろうとするとき、それは誰かによって阻まれねばならない。シーザーの場合、彼の野望を砕いたのは、腹心と思っていたブルータスだった。コリオレイナスの場合には、特定の個人ではなく、ローマの市民全体がその野望をくじく。

つまりコリオレイナスという悲劇は、英雄と民衆の対立を描いた壮大な政治ドラマなのだ。

コリオレイナスは天才的な武人であり、ローマを危機から救った恩人ではあるが、その高慢さのゆえに市民の支持を受けることができない。市民は、彼の功績は認める一方で、彼を自分たちの代表とすることには躊躇する。彼に権力をゆだねれば、それは自分たちを迫害する武器にもなりかねない、市民たちは本能的にそう感じるのだ。

  第4の市民:あなたは故国に相応しい高貴な人だ、
   だが故国の気高さには相応しくない人だ
  コリオレイナス:何の謎だ
  第4の市民:あなたは敵にとっては鞭であり、
   味方にとっては棍棒であった
   つまりあなたは市民を愛したことがないのだ
  Fourth Citizen:You have deserved nobly of your country, and you
   have not deserved nobly.
  CORIOLANUS:Your enigma?
  Fourth Citizen:You have been a scourge to her enemies, you have
   been a rod to her friends; you have not indeed loved
   the common people.(2.3)

一方コリオレイナスは、市民の支持がなければ執政官になれないことが百もわかっている。市民の支持を得るためには、儀礼的に市民にこびることを求められる。だがコリオレイナスには、そこが我慢できない。

  コリオレイナス:あいつらを甘やかせば 元老院の意に反し
   反逆、不遜、暴動の種を育てることになる
   我々がせっかく手塩にかけて耕した畑も
   あいつらとごちゃ混ぜになっては台無しになる
  CORIOLANUS:In soothing them, we nourish 'gainst our senate
   The cockle of rebellion, insolence, sedition,
   Which we ourselves have plough'd for, sow'd,
   and scatter'd,
   By mingling them with us, the honour'd number,(3.1)

こうしたコリオレイナスの高慢さを市民たちは見抜く。市民たちは自分たちこそが都市国家の主人公だということを主張する。ローマの政治的伝統とは、あくまでも市民による民主政治なのだ。

  シシニアス:市民不在の都市などなんだ
  市民:そのとおり、市民こそ都市そのものだ
  ブルータス:我々は市民の総意によってえらばれた
   市民を代表する執政官だ
  市民:そうだ そのとおりだ
  SICINIUS:What is the city but the people?
  Citizens:True,
   The people are the city.
  BRUTUS:By the consent of all, we were establish'd
   The people's magistrates.
  Citizens:You so remain.(3.1)

つまり、この劇の中でコリオレイナスは、自分の故国たる都市国家全体とののっぴきならぬ対立に、みずからを追い詰めるのだ。

その結果コリオレイナスは破れてローマから追放される。追放されたコリオレイナスは、ローマへの復讐を企てる。いままで宿敵同士として戦ってきたヴォルサイ人のもとに身を寄せ、ヴォルサイの武力を利用してローマに襲い掛かろうとする。個人的な怨念が、自分を生んだローマを滅亡に追いやろうというのだ。

だがコリオレイナスにも人間的な弱さはあった。彼はローマによって派遣された妻子たちの涙にほだされ、あっさりとローマ攻撃の計画を放棄してしまうのだ。その結果コリオレイナスはヴォルサイ人によって殺されることになるであろう。





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