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妖精パック Sweet Puck:シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」 |
「真夏の夜の夢」には、シェイクスピアの祝祭喜劇を彩っている道化は出てこない。そのかわりに妖精のパックが出てくる。中にはこのパックを道化と解釈する見方もあるが、パックは道化とはいえない。そうではなく悪魔なのだ。そうヤン・コットはいう。 ヤン・コットはパックと「あらし」の中で出てくるエリアルとが似ているという。どちらも道行く人をたぶらかし途方もないところへ連れて行くかと思うと、自分自身沼地の火となったり、さまざまな怪物に化けたりする。これは民話に現れる悪魔たちがよくやることだ。シェイクスピアはそうした悪魔たち、イギリスの古い時代から人々の空想を占めていた悪魔を、パックとアリエルの中に具象化させた。しかもシェイクスピアの劇の中ででてくる悪魔は、この二人だけだ。 たしかにシェイクスピアの悪魔は、二面的な性格をもっている。ただ人をたぶらかす恐ろしい存在にとどまらない。恐ろしい悪魔のホブゴブリンであると同時に、お人よしのロビン・グッドフェローでもある。ホブゴブリンが今でもイギリスの童話で好んで取り上げられる悪魔の代名詞であるとすれば、ロビン・グッドフェローはマザーグースの世界に登場する牧歌的ないたずら者だ。 だがパックの本領は悪魔としての側面にある。彼はオベロンに命じられた形をとっているとはいえ、人間たちをたぶらかして怪しげな夢を見させるばかりではない、ボトムをロバの姿に変えて、それをティターニアに愛させる。彼は悪魔として、物語を自分の思い通りに進行させる、一種の舞台監督でもあるのだ。 そのパックは第二幕の冒頭で妖精たちと一緒に登場する。 妖精:わたしが見間違えてなければ あなたはあのいたずらものの妖精 グッドフェローでしょ? 村の娘を驚かせたり ミルクをかすめたり 碾き臼にいたずらして おかみさんのチーズつくりをだいなしにしたり ビールの泡をたたなくさせたり 旅人を惑わせて笑ってるんでしょ? でもホブゴブリンとかパックと呼んでくれる人には 力を貸してあげるという あなたはそのパックなんでしょ? パック:お見通しのとおり 拙者は陽気な夜の徘徊者だ(第二幕第一場) Fairy:Either I mistake your shape and making quite, Or else you are that shrewd and knavish sprite Call'd Robin Goodfellow: are not you he That frights the maidens of the villagery; Skim milk, and sometimes labour in the quern And bootless make the breathless housewife churn; And sometime make the drink to bear no barm; Mislead night-wanderers, laughing at their harm? Those that Hobgoblin call you and sweet Puck, You do their work, and they shall have good luck: Are not you he? PUCK:Thou speak'st aright; I am that merry wanderer of the night. ここではパックはとりあえず、愉快ないたずら者として描かれている。まずはロビン・グッドフェローとしての側面で現れるわけである。 だが物語が進むにつれ、パックは次第に悪魔としての本性を現してくる。彼は主人のオベロンから惚れ薬になる薬草を取ってくるように言われるが、それはひとつにはオベロン自らティターニアの目に塗って、目覚めたときに最初に目にするもの、それが動物であれ怪物であれ、それを愛するように仕向けることで、オベロンが欲しがっている少年への愛をさめさせ、その少年を自分に贈与させるように仕向けるためだ。 ふたつ目には、二組の恋人たちがそれぞれ相応しい相手を恋するように仕向けることだ。そのために寝ているデメトリアスの目に惚れ薬を塗って、彼にヘレナを愛させるよう計画するのだが、命じられたパックはデメトリアスとライサンダーを取り違えることで、ライサンダーにヘレナを愛するよう仕向けてしまう。この結果恋人たちの関係はそれまで以上に錯乱したものになってしまう。劇の中ではパックは間違ったということになっているが、結果の混乱振りを一番喜んでみているのはパック自身なのだ。 オベロンは事態を収束して、デメトリアスにはヘレナを、ライサンダーにはハーミアをと、もう一度試みる。それをパックは意地悪そうな笑い声を浮かべながら眺めている。 パック:王様 ごらんなさい ヘレナがやってきます 拙者が細工した例の青年が 彼女の後を追いまわしています どうれ 高みの見物と洒落込みましょう 人間とは何とも愚かな生き物ですな! オベロン:静かにしていろ デメトリアスが目を覚ますぞ パック:そうすりゃ 二人の男が一人の女を追いかけることになる それこそ この上ない見ものです(第三幕第二場) PUCK:Captain of our fairy band, Helena is here at hand; And the youth, mistook by me, Pleading for a lover's fee. Shall we their fond pageant see? Lord, what fools these mortals be! OBERON:Stand aside: the noise they make Will cause Demetrius to awake. PUCK:Then will two at once woo one; That must needs be sport alone; 一方惚れ薬を塗られて寝ているティターニアのために、パックはロバを用意する。なぜロバなのかについては別稿で改めて述べるが、森の中で芝居稽古に励んでいるボトムたちを見て、こいつをロバに変えてやろうと決断するのだ。 こうして目が覚めたティターニアはロバに一目ぼれし、ろばをベッドにさそって甘い愛をささやく。それをそばで見ているパックは、してやったりと得意になる。まさに悪魔そのものだ。 シェイクスピアは、パックが悪魔であることをはっきり明示するシーンも差し挟んでいる。夜明けが近づいていることをパックが心配するところだ。 パック:王様 急がなければなりませんぞ 足早な夜の龍たちが雲をこじあけ オーロラの先駆けがそこまでやってきています あちこちに徘徊しいていた亡霊たちも いっせいに墓場へと引き上げています(第三幕第二場) PUCK:My fairy lord, this must be done with haste, For night's swift dragons cut the clouds full fast, And yonder shines Aurora's harbinger; At whose approach, ghosts, wandering here and there, Troop home to churchyards: 悪魔は夜活躍するのが相場で、日の光は苦手なのだということを、パック自らが語っている。 そんなパックは次のような言葉を吐いて、舞台から去っていくのである。 パック:王様 もう時間が来たようですぞ 朝のひばりの声が聞こえてきます(第四幕第一場) PUCK:Fairy king, attend, and mark: I do hear the morning lark. |
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