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フォールスタッフの色仕掛:シェイクスピアの喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」 |
「ウィンザーの陽気な女房たち」は、フォールスタッフが二人のブルジョアの女房たちにラブレターを、それもまったく同じ文面の色仕掛けの手紙を送り届けることから始まる。フォールスタッフは自分がグロテスクな肉体をして、とても女に惚れられるような玉ではないことを棚に上げて、女房たちが難なく自分になびいてくると自身満々なのだ。 フォールスタッフが自信を持ったわけは女房たちにもあった。フォールスタッフは風采こそあがらぬものの、宮廷とのつながりを持つ人間だ。貴族に準じた称号さえもっている。フォードの女房は、心のどこかでそれを賛美してもいる。ページの女房だって、フォールスタッフのことをまんざらでもなく思っている、そんな女たちの気の緩みを、フォールスタッフは見逃さなかったのだ。 フォールスタッフ:皮肉はよせよ、ピストル 確かにおれの腹は2ヤードほどもあるが いまはそんなことはどうでもいい 急いでるんだ これからおれはフォードの女房とねんごろになるつもりなんだ あいつだっておれと遊びたがってることは分っている なにかと俺に話しかけてくる ちやほやする 流し目で俺を見る ああいうなれなれしい態度が何を意味するかくらい 俺にもわかる とげとげしそうな言葉の中にだって 別な意味がこめられている 「わたしはフォールスタッフのものよ」ってな (第一幕第三場) FALSTAFF:No quips now, Pistol! Indeed, I am in the waist two yards about; but I am now about no waste; I am about thrift. Briefly, I do mean to make love to Ford's wife: I spy entertainment in her; she discourses, she carves, she gives the leer of invitation: I can construe the action of her familiar style; And the hardest voice of her behavior, to be Englished rightly, is, 'I am Sir John Falstaff's.' フォールスタッフは、フォードの女房の弱みに付け込んでラブレターを書く。そのついでにページの女房にもまったく同じ文面の手紙を書く。それが二人の女房たちの怒りをあおり、結局は高くつくことになるわけだが、皮算用に夢中になっているフォールスタッフには、もうすこし手の込んだやり方が思いつかない。 フォールスタッフ:ここにフォードの女房への手紙がある こいつはページの女房あてだ あの女もおれに流し目を送っては いわくありげな目つきでそこらじゅうをねめまわし おれの足元に視線を向けたと思うや 今度はおれの腹を見てやがるときたもんだ FALSTAFF:I have writ me here a letter to her: and here another to Page's wife, who even now gave me good eyes too, examined my parts with most judicious oeillades; sometimes the beam of her view gilded my foot, sometimes my portly belly. フォールスタッフの思惑は色恋沙汰の楽しみのほかにもうひとつあった。それは彼女らが持っている金だ。彼女たちは裕福なブルジョアの女房として一家の家計をあずかる立場にある。だから彼女たちの心をつかむことは、彼女らの財布に入っている膨大な金をつかむことを意味する。 フォールスタッフ:あの女はギアナの金山 埋蔵量は無尽蔵だ あいつらを二人ともだまくらかして 金庫代わりにしてやるんだ 二人を東西インドにみたて その間を取り次いで大もうけしてやる FALSTAFF:She is a region in Guiana, all gold and bounty. I will be cheater to them both, and they shall be exchequers to me; they shall be my East and West Indies, and I will trade to them both. フォールスタッフの手紙を受け取った女房たちの反応は、始めは少し異なっていた。フォードの女房のほうは、身分の高いものから言い寄られたことが、まんざらでもないといった気持ちが先行していたが、やがてページの女房とまったく同じラブレターであることを知るに及び、怒り狂うようになる。 それに対してページの女房の反応はやや複雑だ。彼女はフォールスタッフが自分にこんなラブレターを送ってよこしたのは、もしかしたら自分の中に隙があって、そこに付け入られたのではないかと、自省するのだ。 ページ婦人:ユダヤのヘロデ王も顔負け もう世も末だわ 老いさらばえて皺だらけの老人が 若い色男を気取るなんて あの大酒のみのろくでなしが いったいわたしのどこに 隙をみつけたんだろう こんなにずうずうしく 言い寄ってくるなんて あの男とはたった一二度あったきり だから話のしようもなかったのに(第二幕第一場) MISTRESS PAGE:What a Herod of Jewry is this! O wicked world! One that is well-nigh worn to pieces with age to show himself a young gallant! What an unweighed behavior hath this Flemish drunkard picked-- with the devil's name!--out of my conversation, that he dares in this manner assay me? Why, he hath not been thrice in my company! What should I say to him? ふたりとも一緒になって事態を分析してみるが、どう転んでも自分たちがだまされようとしていることは明らかだ。そう知るに及んで二人の怒りは爆発する。このままでは自分たちの気が納まらない。この際徹底的にフォールスタッフをとっちめて、痛い目にあわせてやる必要がある。 フォード婦人:いったいどんな嵐が おなかに脂肪を一杯詰め込んだ この鯨をウィンザーの浜辺に打ち上げたんでしょう どうしたら仕返しできるかしら 一番いいのは あの男にその気を持たせて 情欲の炎を燃え立たせ 自分の脂肪で燃え尽きさせることよ(第二幕第一場) MISTRESS Ford:What tempest, I trow, threw this whale, with so many tuns of oil in his belly, ashore at Windsor? How shall I be revenged on him? I think the best way were to entertain him with hope, till the wicked fire of lust have melted him in his own grease. こうしてウィンザーの二人の女房たちによる復讐が始まる。それは、始めは二人の個人的な怒りを納めるための、個人的な復讐である。しかし復讐を重ねるうち、個人的な怒りへの代償という色彩よりも、社会的な制裁という色彩が強まっていく。フォールスタッフは女房たちの面前で大恥をかかされるだけではすまなくなり、町中みんなの目の前で侮辱され、追放されねばならなくなる。 フォールスタッフのやろうとしていることは、個人的な領域での誘惑にとどまらず、社会秩序に対する重大な挑戦だとみなされるのだ。 |
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