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王権の正統性:シェイクスピアの歴史劇「リチャード二世」


シェイクスピアの劇には、脇役的な人物がふと漏らす言葉に、劇全体の雰囲気を凝縮したような重い言葉が散りばめられている。祝祭的な喜劇においては、それは主に道化によって発せられるのであるが、リチャード二世には道化は出てこない。そのかわりを、二三の脇役が努めるのだ。

第二幕の冒頭で、ボリングブルックの父親でリチャード二世の叔父に当たるゴーントが発する言葉も、そうした効果を持っている。死期が近づいているゴーントには、リチャード二世が治めるイングランドの現状が我慢ならない。

イングランドは類まれな土地であり、神に祝福された国である。だからそれは優れた王によって、正しく統治されなければならない。ところがリチャード二世は、このイングランドを自分の私的な持ち物とはきちがえ、公の権威によってではなく、私利私欲によって動かしている。そうゴーントは嘆くのだ。

ゴーントのこの嘆きは、王権の正統性ということを取り上げているのである。王というものは、むき出しの力にではなく、神の摂理にもとづかねばならない。それが正統性だ。正統性を欠いた王はもはや王ではなく、ただの地主に過ぎない。

リチャード二世という劇は、王の没落をテーマにした劇であるが、何故その王が没落せねばならなかったのか。その答えを、ゴーントの言葉が語っている。

シェイクスピアは、冒頭に近い部分で、ゴーントに王権の正統性を語らせることによって、劇全体の進行に、道筋をつけているのだといえよう。

  ゴーント:王たちの君臨するところ この王権に相応しい島
   この至上の大地 このマルスの座
   この地上のエデン この世の天国
   この難攻不落の自然の砦
   疫病も攻撃も寄せ付けぬ
   この類まれな人間が住む小宇宙
   銀色の海に浮かぶ宝石
   海がこの島を守り
   堀となってくれる
   いかなる国の侵略も跳ね返すのだ
   この祝福された場所 この大地 この王国 このイングランド
  John of Gaunt
   This royal throne of kings, this sceptred isle,
   This earth of majesty, this seat of Mars,
   This other Eden,- demi-paradise-
   This fortress built by nature for herself
   Against infection and the hand of war,
   This happy breed of men, this little world,
   This precious stone set in the silver sea,
   Which serves it in the office of a wall,
   Or as a moat defensive to a house
   Against the envy of less happier lands;
   This blessed plot, this earth, this realm, this England,

この部分はイングランド賛歌として有名になり、いまでもよく引用される。これだけを取り出してみると、なるほど良くできた讃歌になっている。だがゴーントの言葉のより重要な意味は、これに続く部分で語られる。

   かくも愛すべきこの大地 このいとしい国
   世界中がうらやむこのすばらしい大地が
   いまや切り売りされている ―いまいましいことにー
   借地や放牧場としてたたき売りされているのだ
   勝ち誇る海に囲まれたイングランドが
   海神ネプチューンでさえ占領できぬこの国が
   いまや汚辱にまみれているのだ
   This land of such dear souls, this dear dear land,
   Dear for her reputation through the world,
   Is now leased out - I die pronouncing it -
   Like to a tenement or pelting firm.
   England, bound in with the triumphant sea,
   Whose rocky shore beats back the envious siege
   Of watery Neptune, is now bound in with shame,

ゴーントはこういうことで、リチャード二世の正統性を問題にしているのだ。ゴーントのほかにも、リチャードを過酷な課税や気まぐれな行為をもとに批判するものはいるが、ゴーントのこの言葉は核心をついている。

この後登場するリチャード二世に向かって、ゴーントは更にたしなめる言葉を吐く。リチャードはそれに怒ってゴーントを憎み、彼が死んだ後すべての財産を没収してしまうのだ。

   今やお前はイングランドの地主だ 王ではない
   Landlord of England art thou now, not king.

この言葉が、舞台全体に響き渡る。王ではないと烙印を押されたリチャードには、転落のカードしか残らない。



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