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ホットスパーの名誉:シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー四世」第一部


劇冒頭におけるヘンリー四世のせりふの中で、ハリー王子の放蕩振りと対比させながら、その勇猛振りを賞賛されたホットスパーは、やがて反乱軍のチャンピオンとしてヘンリー四世に敵対するようになる。

ホットスパーを常に突き動かしている観念は名誉だ。彼は名誉のためには命をかけて戦う。その点で、イギリスの騎士のひとつの典型を示している。

シェイクスピアはこの劇で、ヘンリー王子とフォールスタッフに劣らず、ホットスパーにも重い言葉を吐かせている。そしてそれは劇の進行に彩を添えるものとなっている。この劇もほかの王権劇と同様、王権の正統性をかけた戦いを描いたものであり、反乱側にもそれなりの大儀があるからだ。

ホットスパーは第一幕第三場に登場するが、さっそくそのキャラクターを表すような言葉を吐く。

  ホットスパー;なあに わたしにはいとも簡単なことですよ
   月まで跳んでいって名誉のしるしを剥ぎ取って来るくらい
   なんなら海の底へ飛び込んで
   測量の糸も届かぬ深みから
   溺れかけた名誉の黒髪をつかみ上げてみせます
   ただそうするからには つかんだ名誉は
   自分ひとりの手柄にしないではすみません
   助っ人のおせっかいなど真っ平です(第一幕第三場)
  Hotspur; By heaven, methinks it were an easy leap,
   To pluck bright honour from the pale-faced moon,
   Or dive into the bottom of the deep,
   Where fathom-line could never touch the ground,
   And pluck up drowned honour by the locks;
   So he that doth redeem her thence might wear
   Without corrival, all her dignities:
   But out upon this half-faced fellowship!

ここには名誉というものに対するホットスパーの考え方がよく現れている。名誉はあらゆる事柄に優先する最大の価値である。ホットスパーが反乱軍を率いてヘンリー四世に挑むのも、王権の大儀を取り戻すためであり、とりもなおさず名誉ある騎士として生きるためだ。

この点、フォールスタッフとは正反対だ。フォールスタッフは名誉よりも命を大事にする。生き延びるためには、死んだ振りもする。フォールスタッフにとって、名誉とは単なる言葉にすぎない。死んだあとで名誉をたたえられたところで、何になるのだ。

しかしホットスパーにとっては、名誉は命とは引き換えにできないくらい重いものなのである。



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