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時の移り変わり The Revolution of the Times:シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー四世」第二部


リチャード三世をはじめ、シェイクスピアの王権劇に出てくる王たちは、晩年にいたって、ライバルたちの影におびえるようになる。そのライバルとは、ボリングブルックにせよ、リッチモンドにせよ、若々しく力強い。彼らは現在の王の正統性に疑いを投げかけ、それを大義名分にしてやがては自分が王にとってかわる。

ヘンリー四世自身が、こうして王座を奪取したのだ。だが彼はリチャード三世のようには、強力なライバルをもたずにすんだ。ホットスパーという熱血漢はいたが、息子のヘンリー王子がそれを倒してくれた。

それでもヘンリー四世にはおびえなければならない理由があった。彼を脅かしているのは、人間の形をした敵ではなく、時間の流れであり、自分自身の行為に対する後悔の念であった。

彼のおびえは不眠という形で襲ってくる。ヘンリー四世の敵は自分自身の中にいたというわけである。

  ヘンリー四世;おお眠りよ やすらかな眠りよ
   自然の乳母であるお前を わしは驚かせてしまい
   そのおかげでもはや 瞳を閉じることもならず
   忘却のうちに心地よく眠ることもままならなくなったのか?
   眠りよ お前は埃っぽい小屋の中にも忍び込み
   硬いベッドのうえでも人々をのびのびと横たわらせ
   うるさい羽虫の音も気にせず眠らせることができるのに
   高貴な人のためには その妙なる寝室に入り込み
   高価な天蓋のベッドに
   やすらかな眠りをもたらしてやることはないのか?
   おお鈍感な眠りの神よ お前は何故下賎なものの
   いやしいベッドには眠りを運びながら 王の臥所を
   不寝番か火の見櫓のようにしてしまうのか?
  King Henry W;O sleep, O gentle sleep,
   Nature's soft nurse, how have I frighted thee,
   That thou no more wilt weigh my eyelids down
   And steep my senses in forgetfulness?
   Why rather, sleep, liest thou in smoky cribs,
   Upon uneasy pallets stretching thee
   And hush'd with buzzing night-flies to thy slumber,
   Than in the perfumed chambers of the great,
   Under the canopies of costly state,
   And lull'd with sound of sweetest melody?
   O thou dull god, why liest thou with the vile
   In loathsome beds, and leavest the kingly couch
   A watch-case or a common 'larum-bell?

ヘンリー四世が眠れない理由は、自分自身の犯した罪にたいする後悔の念である。自分自身の意思によって行ったことではあったが、いまはそれが外からの力によって強制されたもののように、自分に迫ってくる。もしこんなふうになることが事前にわかっていたら、自分はそんなことを行わなかっただろう。

こうしてヘンリー四世は、運命についての、有名なソリロキーを述べ立てる。

  ヘンリー四世;ああ 運命というものを読み解くことができたら!
   時の移り変わりが山を平にし
   大陸も堅固さを保つのをやめ
   自ら融解して海となり
   やがては広大な浜辺がネプチューンの腰を
   休ませるのを見ることができたら!
   偶然が如何に人間をもてあそび
   人生という杯が如何にさまざまな酒で
   満たされているかを見ることができたら! 
   そうすれば どんなに幸福な若者でも
   過去の危険や未来の不幸を思いはかって
   運命の書を閉じ 自ら死ぬことを選ぶだろう
   まだほんの十年前には
   リチャードとノーサンバーランドは仲がよかった
   それなのにその二年後には
   二人は互いに戦いあったのだ
  KING HENRY IV;O God! that one might read the book of fate,
   And see the revolution of the times
   Make mountains level, and the continent,
   Weary of solid firmness, melt itself
   Into the sea! and, other times, to see
   The beachy girdle of the ocean
   Too wide for Neptune's hips; how chances mock,
   And changes fill the cup of alteration
   With divers liquors! O, if this were seen,
   The happiest youth, viewing his progress through,
   What perils past, what crosses to ensue,
   Would shut the book, and sit him down and die.
   'Tis not 'ten years gone
   Since Richard and Northumberland, great friends,
   Did feast together, and in two years after
   Were they at wars:

ヘンリー四世の嘆きとは別に、運命というものは事前に読み取れぬがゆえに運命なのだ。それはひとの行いを事後になって裁く、裁判官のようなものだ。この裁判官の前では、高貴なものも下賎なものも、人間として区別はない。



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