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洒落た歌にはユーモアが溢れてる:シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー五世」 |
シェイクスピアはヘンリー五世の口から、兵士たちを鼓舞する勇猛な言葉を吐かせるが、それを受けとめる兵士たちを、一様に鼓舞される対象として描いているわけではない。兵士たちの中には、名誉より命が大事だと考えるものもいる。その食い違いをさらりと描くところが、シェイクスピアのたいしたところだ。 バードルフ:進め 進め 進め 突破口へ 突破口へ ニム:ちょっと待ってくれ 伍長殿 戦いが激しすぎるぜ これじゃさすがの俺様も 生きてる心地がせん 激しいばかりが能じゃないって 歌にもあるじゃないか ピストル:洒落た歌にはユーモアが溢れてるもんだ 戦いが尽きて人間様は死んだ 剣と盾とが 血の海の中で 不滅の名誉に輝いた ってね 小姓:ロンドンの酒場に残ってりゃよかった 名誉なんぞよりビールと身の安全のほうが大事だ BARDOLPH:On, on, on, on, on! to the breach, to the breach! NYM:Pray thee, corporal, stay: the knocks are too hot; and, for mine own part, I have not a case of lives: the humour of it is too hot, that is the very plain-song of it. PISTOL:The plain-song is most just: for humours do abound: Knocks go and come; God's vassals drop and die; And sword and shield, In bloody field, Doth win immortal fame. Boy:Would I were in an alehouse in London! I would give all my fame for a pot of ale and safety.(V.2) ヘンリー四世の二部作では、名誉や秩序に疑いを差し挟み、それを絶対的な価値だと考えずに相対化してしまうものがいた。道化としてのフォールスタッフだ。だがヘンリー五世にはフォールスタッフのような道化は登場しない。せいぜいフォールスタッフの仲間だった連中が、小悪党として登場するだけだ。その小悪党が折に触れて洒落た文句を漏らす。それが劇に陰陽をもたらす。 ここで小姓がつぶやく「名誉なんぞよりビールと身の安全のほうが大事だ」という言葉は、彼の主人フォールスタッフが常々吐いていたものだ。いくら名誉に輝いても、死んでしまっては実もふたもない。それがフォールスタッフの信念だった。 |
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