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アリエル(Ariel):シェイクスピアのロマンス劇「テンペスト」


テンペストに出てくる空気の妖精アリエルは、「真夏の夜の夢」にでてくる妖精パックとよく似ている。実際シェイクスピアが妖精として登場させるのは、この二人だけなのだ。

シェイクスピアの時代にあっては、妖精には二面的な要素があったようだ。一つは天使の仲間としての妖精で、これはプラスのイメージに包まれている。ひとつは悪魔の仲間としての妖精で、これは無論マイナスのイメージを持っている。パックにはこの二つのイメージのうち悪魔としてのイメージが強かった。パックは人々をたぶらかし、ひどい目にあわせる。

アリエルにもその要素は強い。彼はプロスペロの命令とはいえ、航海中の船を転覆させ、乗組員たちをプロスペロの住んでいる島に放り投げる。船員たちは自分たちが本物の嵐に襲われ、船が転覆し、仲間がおぼれ死んだと思いこんでいるが、実際にはそうではない。みなアリエルの呪術にかかって、気が狂っているだけなのだ。人々を狂わせるのは悪魔の所業なのである。

アリエルが登場するときには常に、ニンフとか翼をもった女の怪物ハービーとなって現れる。ところが彼の姿は、主人のプロスペロと観客以外の誰にも見えないのだ。誰にも見えないことをいいことに、アリエルは人々にいたずらや悪さをしかけるのだ。

アリエルがプロスペロに仕えているのは、プロスペロによって助けられ、しかもプロスペロの強い魔術に支配されているからだ。プロスペロがこの島にやってきたとき、アリエルは堅い木の股に挟み込まれ、身動きできない状態だった。そうしたのは魔女のシコラコスだった。助けられたアリエルは、プロスペロの命令を実行するだけの存在となる。

  アリエル:ごきげんよう旦那様 やってまいりました
   あなたの御命令とあれば何でもいたします
   空を駆け回り、海を泳ぎ 火の中に飛び込み
   雲に乗り なんでもあなたさまのいいつけどおりに
   全力をあげていたします
  プロスペロ:よう来たな 妖精
   おれの言いつけどおりに行ったか
  アリエル:一点の狂いもなく
  ARIEL:All hail, great master! grave sir, hail! I come
   To answer thy best pleasure; be't to fly,
   To swim, to dive into the fire, to ride
   On the curl'd clouds, to thy strong bidding task
   Ariel and all his quality.
  PROSPERO:Hast thou, spirit,
   Perform'd to point the tempest that I bade thee?
  ARIEL:To every article.(1.2)

このやりとりは、アリエルには明確で目的のある意思をもっていないことを物語っている。彼はあくまでも、プロスペロの召使いなのだ。そのアリエルのただ一つの目的とは、プロスペロの魔術から解放されて自由になることだ。彼は最初に現れた上の場面に続いて、次のようにいう。

  アリエル:私とのお約束を思い出してくださいな
   まだ実行されていないのですから
  プロスペロ:なんだそれは
   まだ不服があると申すのか
  アリエル:自由にしてくださることです
  プロスペロ:まだ早い その時にはなっていない
  ARIEL:Let me remember thee what thou hast promised,
   Which is not yet perform'd me.
  PROSPERO:How now? moody?
   What is't thou canst demand?
  ARIEL:My liberty.
  PROSPERO:Before the time be out? no more

その時とは、プロスペロが自分を追放したものに罰をあたえ、自分が追われた王座を取り戻した時だった。

プロスペロのこの思いが成就された時に、アリエルは解放されることになる。成就するのはプロスペロ自身だ。アリエルはそれを側面から手伝うにすぎない。

したがってここでは、プロスペロが悪魔の王であり、アリエルはその手下という構図が見えてくる。妖精パックとの関係では、オベロンが魔法使いの王であったように。



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