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弔砲を撃たせよ Bid the soldiers shoot :シェイクスピアの悲劇「ハムレット」


「ハムレット」に出てくる四人の若者のうち、フォーティンブラスはわかりにくい人物だ。第一、彼は劇の中では二回しか出てこない。一回目は第四幕で、勝ち目のない戦を戦うためにデンマークを通り過ぎるシーン、そして二回目は劇の終幕においてだ。彼こそは劇を占めくくる言葉を吐く役柄なのだ。その言葉とは「死体を片付けろ、これからは俺が王だ」というものだ。
フォーティンブラスとはラテン語起源で「腕っ節が強い」という意味だ。その名のとおり彼は力強く、颯爽とした若者として描かれている。ある意味でハムレットとは表裏のような性格に描かれている。

彼のことが余り詳しく描かれているわけではないが、重要なのは、彼の父親がハムレットの父親によって殺されたこと、かつでデンマークに有していた領地を剥奪されたことだ。

つまりフォーティンブラスも、父親の敵を討つべき運命を担っており、また失われたものを回復すべき立場にある限りで、ハムレット同様復讐心に燃えてしかるべき人物なのだ。

だがフォーティンブラスはその復讐心を、劇の中ではあからさまに示さない。彼は大殺戮劇が終わったあと、デンマークに現れて、ハムレットの勇気をほめる、そして自分がデンマークに有している権利を主張するのである。

  フォーティンブラス:四人の隊長達にハムレットを担わせ
   武人に相応しいように壇上に運び上げよ
   彼こそは 時を得たならば
   類まれな王となっていたことだろう
   軍楽を奏で礼砲を放って
   高らかにその死を弔え
   これらの遺骸を運べ このような眺めは戦場にこそ相応しい
   ここでは眼をそむけさせるだけだ
   さあ 兵たちに命じて弔砲を撃たせよ(第五幕第二場)
  PRINCE FORTINBRAS:Let four captains
   Bear Hamlet, like a soldier, to the stage;
   For he was likely, had he been put on,
   To have proved most royally: and, for his passage,
   The soldiers' music and the rites of war
   Speak loudly for him.
   Take up the bodies: such a sight as this
   Becomes the field, but here shows much amiss.
   Go, bid the soldiers shoot.

シェイクスピアがなぜ、フォーティンブラスをこのような形で登場させたのかはよくわからない。それまでに演じられた複雑な劇を占めくくる言葉を、第三者の口を通いて簡単に述べさせるためであろうか。あるいは、ハムレットたちをめぐる生と死と人間の運命について、それを相対化させる役割をフォーティンブラスに果たさせているのだろうか。

ともあれフォーティンブラスは劇の最後にこういうのだ。「さあ兵士たちに命じて弔砲を撃たせよ」(これからは自分がデンマークの王だ)と。



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