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墓を掘る道化たち Grave-makers :シェイクスピアノ悲劇「ハムレット」 |
ハムレットの最終幕は二人の道化たちの登場で始まる。道化たちは墓掘り人夫であり、彼らが掘っているのは自殺したと思われているオフェリアの墓である。通常、教会の掟では自殺した人間は丁寧な埋葬を期待できない、だがオフェリアには、墓を掘って、そこに埋葬してもよいというお墨付きがでている、彼女の身分が高いからだ。 そこから道化たちのこんにゃく問答が始まる。彼らがテーマにするのは、この世の秩序の矛盾であり、それを地口や洒落で笑い飛ばし、秩序を相対化することだ。アダムでさえ墓堀に貶めてしまう彼らのレトリックは痛快だ。 この世の秩序の中には、誰もが従わざるを得ない絶対的なものがある。それは、万人は例外なしに死ぬということだ。墓堀人夫はその人の死に立ち会う職業である。だからすべての職業の中でも、もっとも根拠の揺るがないものである。どんな職業がいらなくなってとしても、人の墓を掘るものは必要であり続ける、しかも彼の作ったものは、ほかのどんな製作物よりも長持ちする。 第一の道化:石工よりも船造りよりも大工よりも 頑丈なものを作るやつはだれだ? 第二の道化:絞首台を作るやつさ 入れ替わり立ち代り何千人吊るしたって壊れないからな 第一の道化:そりゃあよく言った たしかに絞首台は頑丈にできている だがそれまでのこと 吊るされるやつに役立つだけさ 役に立つという点では教会には及ばない せいぜいお前のためには役立つだろうが さあもう一度いってみろ 第二の道化:石工よりも船造りよりも大工よりも 頑丈なものを作るやつはだれだ? 第一の道化:答えたら許してやる 第二の道化:どうもわからんなあ 第一の道化:いってみろよ 第二の道化:どうもわからん (ハムレットとホレーショ遠くからやってくる) 第一の道化:お前のウスノロ頭じゃむりだろうよ お前のその頭じゃ気の聞いたことは考え浮かぶまい もし今度同じことを聞かれたらこう答えな 墓堀り人夫だとな 墓は最後の審判の日まで残るものだ(第五幕第一場) First Clown:What is he that builds stronger than either the mason, the shipwright, or the carpenter? Second Clown:The gallows-maker; for that frame outlives a thousand tenants. First Clown:I like thy wit well, in good faith: the gallows does well; but how does it well? it does well to those that do in: now thou dost ill to say the gallows is built stronger than the church: argal, the gallows may do well to thee. To't again, come. Second Clown:'Who builds stronger than a mason, a shipwright, or a carpenter?' First Clown:Ay, tell me that, and unyoke. Second Clown:Marry, now I can tell. First Clown:To't. Second Clown:Mass, I cannot tell. Enter HAMLET and HORATIO, at a distance First Clown:Cudgel thy brains no more about it, for your dull ass will not mend his pace with beating; and, when you are asked this question next, say 'a grave-maker: 'the houses that he makes last till doomsday. そこへハムレットがホレーショとともに通りがかる。ハムレットはクローディアスが仕組んだ陰謀に気づき、イギリス行きの船から脱出してデンマークに戻ったばかりだ。 彼はまだオフェリアの死を知らない。まして眼前で道化たちが掘っている墓がオフェリアのものだと、知るよしもない。 ハムレット:どんなやつのために墓を掘っているのだ 第一の道化:やろうのためにではないんでさあ ハムレット:じゃあ どんな女の墓だ 第一の道化:女のためにでもないんでさあ ハムレット:じゃあ いったい誰の墓なのだ 第一の道化:かつては女であったもの でも今では死んでしまったものの墓でさあ(第五幕第一場) HAMLET:What man dost thou dig it for? First Clown:For no man, sir. HAMLET:What woman, then? First Clown:For none, neither. HAMLET:Who is to be buried in't? First Clown:One that was a woman, sir; but, rest her soul, she's dead. 不思議なことに、この場面でのハムレットは、オフェリアの死を嘆く様子をみせない。彼にとっていまや人の死は心を乱すものではなくなっているかのようだ。 その代わり、ハムレットが関心を覚えるのは、人は死んだあとにどうなるか、それも地獄とか天国とか精神的なことがらではなく、その肉体がどうなるかということだ。 ハムレット:埋めてから腐り果てるまで何年くらいかかる? 第一の道化:埋めたときに腐っていなければ というのもこのごろではいろんな死体があるんでね まあそれにしても そんなにはかからんでしょう 8年か9年といったとこでしょうか 皮職人なら9年はもちますよ ハムレット:なぜ他のものより長持ちするんだ? 第一の道化:商売柄やつの皮は厚くできているからでさあ そのおかげで水をよくはねる ところが死人の体は水のおかげで腐るのが早いんでさあ ここにあるこのシャレコウベは およそ32年前に埋められたものでさあ(第五幕第一場) HAMLET:How long will a man lie i' the earth ere he rot? First Clown:I' faith, if he be not rotten before he die--as we have many pocky corses now-a-days, that will scarce hold the laying in--he will last you some eight year or nine year: a tanner will last you nine year. HAMLET:Why he more than another? First Clown:Why, sir, his hide is so tanned with his trade, that he will keep out water a great while; and your water is a sore decayer of your whoreson dead body. Here's a skull now; this skull has lain in the earth three and twenty years. ハムレットはしゃれこうべを手にしてその臭いをかぐ、しゃれこうべは強烈な匂いを立てる、ハムレットは顔をしかめる。いづれオフェリアも、また自分でさえも、こうなるのだ。 このしゃれこうべも生きていた間には舌があり歌を歌っていたはずだ。ところがどうだ、今では卑しい墓掘り人夫からぞんざいに扱われている。人夫たちは「死んだって楽しいことは何もない」と歌いながら、取り上げたしゃれこうべを地面に放り投げるのだ。 この場面で描かれているのは、人の死の絶対的性格と相対的性格との接点だ。死は万人に共通だという点で絶対的だ、アレクサンドル大帝さえも、死んでしまえば百姓と優劣がないという点では相対的だ。生前に栄華を極めたものも、泥の中で蛆虫の餌食となり、骨となったあとはせいぜい酒樽の栓にされるくらいが関の山だ。 劇の最終幕では、ハムレットを始め登場人物たちは次々と死ぬ。劇は死を以て幕切れを飾るのだ。道化たちとハムレットの対話は、そんな幕切れをあらかじめ先取りしたものとして、シェイクスピアがさしはさんだ工夫だと考えることもできる。 |
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