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ハムレット劇の中の若者たち:シェイクスピアの悲劇 |
ハムレットという劇はとかく、ハムレットという一人の青年に注意が集中する。この劇が父親を殺された青年の復讐劇であるという基本的な性格をもっていることからすれば、ある意味で当然のことだ。青年は父親の死の謎をめぐって悩み、その真相を知った後は、復讐という行為に向かって突き進むべきか、あるいは尻込みすべきなのか、つねに堂々巡りの自問を繰り返す。その自問の中には、世界に対する懐疑や、自分の弱さに対する自嘲などが含まれている。 ともあれこの劇は、ハムレットという青年に焦点を当てれば、ひとりの青年と彼を取り囲む世界との対立を描いたものだ。ヤン・コットなどは、この対立に政治的な意味を読み取ったりもした。 ところでこの劇には、ハムレットのほかに3人の青年が登場する。レアティーズ、フォーティンブラス、オフェリアである。以上4人のうち、男子の三人はほぼ同じ年齢だ。オフェリアはこの三人よりすこし年下だが、いづれにしても4人の青年男女はほぼ同じ世代に属する。 この4人は多かれ少なかれ、劇の中で重要な役割を演じる。だがこれまでは、ハムレットの役割に焦点が当てられ、他の三人はハムレットとの相対的な関係でしか論じられることがなかった。 よくよく反省すれば、この劇ではハムレットだけではなく、4人の青年が全体として、老人たちの支配する古くで陰惨なムードと対立しているのだと解釈することもできる。 クローディアスを頂点とする権力によって監視されているのはハムレットだけではない。レアティーズとオフェリアは父親のポローニアスからさえも監視されているし、オフェリアは死ぬところまで人の目によって見られていた。フォーティンブラスも、エルシノアとは別のところで絶えず行動を監視されている。 こうしてみればこの劇は、大人たちによって監視され抑圧されている青年たちの異議申し立てと反抗の物語であると読み解くこともできる。その反抗の過程でまずオフェリアが、重圧に耐え切れないで死んだ。ついでハムレットとレアティーズが大人たちの巧妙な罠にはまって共倒れになる。最後に残るのはフォーティンブラスだ。 フォーティンブラスのことについては別のところで書くが、彼が最後に残ってしかもデンマーク王になるという結末は、この劇にある種の救いをもたらしているといえる。 ところで、ハムレットには父親の復讐という大きな課題がある。父親を殺されたことについてはレアティーズも同じだ。しかもその下手人はハムレットと来ている。ハムレットがクローディアスを狙うのと同じ動機から、レアティーズはハムレットを狙う。そこをクローディアスに付け込まれて、ふたりは決闘する段に追い込まれる。 ここで観客にとって不自然なのは、この決闘の弾みとしてクローディアスが死に、母親のガートルードも死ぬということだ。 ハムレットは始めからそれと意識して、クローディアスを殺害するわけではなく、ある種の事故の結果としてクローディアスが死ぬという具合に仕組まれている。 いづれにしても、ハムレットとレアティーズの決闘が、この劇の締めくくりをなす大きな場面であることに間違いない。そこでハムレットは初めて自分が狂気を装っていたことを告白する。その告白の中でハムレットは、レアティーズの父を殺したのはハムレット自身ではなく、ハムレットの狂気であったといい、レアティーズの目の前に立っている当のハムレットのことを許してくれと叫ぶ。 ハムレット:許してくれレアティーズ おれは君に悪いことをした だが紳士らしくそれを許して欲しい ここにいるみんなが知っているとおり そしてそれを君にもわかって欲しいのだが おれは狂気のとりこになっていたんだ おれがしたことはたしかに君を傷つけた だがそれも狂気の故なんだ レアティーズを傷つけたのはハムレットか? そうではない 正気を失ったハムレットが 自分を見失ったためにレアティーズを傷つけたのだ だからハムレット自身がやったことではない ハムレットがそれを否定する それでは誰がやったのか ハムレットの狂気だ ならばハムレットも傷つけられたひとりなのだ ハムレットの狂気はハムレットの敵でもあるのだ(第五幕第二場) HAMLET:Give me your pardon, sir: I've done you wrong; But pardon't, as you are a gentleman. This presence knows, And you must needs have heard, how I am punish'd With sore distraction. What I have done, That might your nature, honour and exception Roughly awake, I here proclaim was madness. Was't Hamlet wrong'd Laertes? Never Hamlet: If Hamlet from himself be ta'en away, And when he's not himself does wrong Laertes, Then Hamlet does it not, Hamlet denies it. Who does it, then? His madness: if't be so, Hamlet is of the faction that is wrong'd; His madness is poor Hamlet's enemy. 決闘の結果ハムレットはレアティーズを倒すが、自分自身もレアティーズの一太刀を浴びて死ぬことになる。その太刀の先にはクローディアスの仕組んだ毒が塗られていたのだ。だがその毒のためにクローディアス自身も死に、母親のガートルードも死ぬ。デンマークの王室にかかわりのある人間が、すべて死に絶えるわけである。 ハムレット:レアティースに天の加護がありますように すぐに後を追うぞ もうだめだ ホレーショ かわいそうな母上さようなら みんな顔色も青ざめ震えているな 劇の見物人よろしくだんまりを決め込んでいる 時間さえあったら 話しておきたいんだが ああ恐ろしい死神が獲物を引き立てていく もうこれまでだ ホレーショ さらばだ ・・・ 残るのは沈黙のみ(第五幕第二場) HAMLET:Heaven make thee free of it! I follow thee. I am dead, Horatio. Wretched queen, adieu! You that look pale and tremble at this chance, That are but mutes or audience to this act, Had I but time--as this fell sergeant, death, Is strict in his arrest--O, I could tell you-- But let it be. Horatio, I am dead; ・・・ The rest is silence. ハムレットが最後に口にするのは、「沈黙」という言葉だ。それはすべての秘密を飲み込んだまま二度と開くことのない深遠のようなものだ。 |
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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2010 このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである |