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ボトムと三文芝居の仲間たち


「真夏の夜の夢」に出てくるキャラクターのうち、ボトムほど後世の観客に愛されたものはないだろう。彼がロバに変身するシーンは、オヴィディウスの変身物語のバリエーションといえるが、その奇想天外さが人々の想像力を刺激し、数多くの詩人たちが好んでテーマに取り上げた。

あのアルチュール・ランボーも「ボトム」と題する散文詩を書いている。その中でランボーは、ロバとしてのボトムに大勢の女たちが追いすがり、性的な満足を与えてもらおうとする場面を描いている。ロバはセックスの象徴であることを、ランボーはよく理解していたのだ。

それはともあれ、ボトムと彼の職人仲間は、劇の中ではもうひとつの劇、つまり劇中劇を演じることになっている。「ピラマスとシスベー」と題する悲恋物語だ。不幸なカップルが不幸な死に方をする、「ロメオとジュリエット」に似た構成の劇だ。結婚を祝う席で演じられるには似合わぬ劇だが、ボトムらはもともと、この世の秩序とはあまり縁がないのだ。

そんなボトムがロバに変身するのにはなかば公然とした理由があった。ボトムとは底だ、人間にとって体の底とはセックスを営む場所だ。変身するものとして、ロバほど自然なものはないのだ。

ボトムのほかに、彼の仲間たちの名前にも小さな細工が施されている。Quince は Quoins つまり大工道具に使う楔を意味し、彼が大工であることを物語っている。同じように、楽器屋の Flute はオルガンの蛇腹、鋳掛屋の Snout は薬缶の注ぎ口、仕立屋の Starveling は燕尾服の尻尾といった具合だ。

この連中が森の中で稽古をしている間に、ボトムは妖精のパックによってロバの頭を載せられてしまう。それをみた仲間たちはびっくり仰天する。

  スナウト:おいボトム どうしたんだ お前の頭には何がついてるんだ?
  ボトム:何だって 俺の頭にお前のロバの頭がついているとでもいうのか?(第三幕第一場)
  SNOUT:O Bottom, thou art changed! what do I see on thee?
  BOTTOM:What do you see? you see an asshead of your own, do you?

ボトムは自分がロバになったことには気づかないでいるが、ロバのように旺盛な性欲は持っている。そんな自分に世にも美しい女性が言い寄ってきた。妖精の女王ティターニアだ。ティターニアはオベロンに魔法をかけられて、欲情の火の玉に化している。彼女にとってロバの頭をした生き物は、この世の中で最もいとおしいものなのだ。

こうしてロバとなったボトムがティターニアと繰り広げる愛欲の場面は、この劇最大の見せ場となる。それは結婚式用につくられたというこの劇にとって、初夜の手ほどきとしての意味合いを持たされていたともいえる。

オベロンとティターニアが和解することでボトムはお役ごめんになる。そこでボトムは悪い夢から覚めたように立ち上がる。ここでボトムが吐く台詞はなかなかユニークなものだ。

  ボトム:俺は類まれな幻覚を見ていた、俺は夢を見ていたんだ
   それがどんな夢だったか 人間の知恵では言い表せん
   この夢を解釈しようなんて奴がいたら そいつはロバのようなばか者だ
   ところで俺は いや誰にも分っちゃもらえん
   ところで俺は 俺がなっていたものは
   いや 俺の身の上に起こったことを説明しようとする奴など
   ただのばか者だ
   どんな目にだって聞こえないし どんな耳にも見えない
   どんな手でも味わうことができず どんな舌にも想像できまい
   俺の見た夢を説明できるものは誰もいないのさ 
   ピーター・クウィンスにこの夢をバラードにしてもらおう
   題名はボトムの夢 だって終わりがないからな
   そいつを劇の最後のところで 公爵の前で歌うことにしよう
   いっそうの真実味を加えるためにも
   シスビーの死を嘆きながら歌おう(第四幕第一場)
  BOTTOM:I have had a most rare vision. I have had a dream,
   past the wit of man to say what dream it was:
   man is but an ass, if he go about to expound this dream.
   Methought I was--There is no man can tell what.
   Methought I was,--and methought I had,--
   but man is but a patched fool,
   if he will offer to say what methought I had.
   The eye of man hath not heard, the ear of man hath not seen,
   man's hand is not able to taste, his tongue to conceive,
   nor his heart to report, what my dream was.
   I will get Peter Quince to write a ballad of this dream:
   it shall be called Bottom's Dream, because it hath no bottom;
   and I will sing it in the latter end of a play, before the duke:
   peradventure, to make it the more gracious,
   I shall sing it at her death.

ボトムらは婚礼の席で、準備した劇を演じることができた。だがそれをみた観客たちは面白かったとは言わない。かえってこれを理解するには、想像力が必要だという。

  ヒポリタ:聞いたこともないほどバカバカしい芝居だわ
  テーセウス:芝居なんて最上のものでも実人生の影に過ぎぬ
   だが最低のものでも影以下にはならない 想像力で補えばね(第五幕第一場)
  HIPPOLYTA:This is the silliest stuff that ever I heard.
  THESEUS:The best in this kind are but shadows;
   and the worst are no worse, if imagination amend them.

テーセウスの言葉には真実味がこもっている。この世には見えないこと聞こえないことがたくさんある、それを見たり聞いたりするには想像力が必要なのだ。





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