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結婚によるハッピーエンド:ヘンリー五世


エリザベス朝の演劇の多くは、結婚によるハッピーエンドを採用している。シェイクスピアの場合も例外ではない。この劇でも、イギリス王ヘンリー五世とフランスの皇女カトリーヌとの結婚を、両国の平和を磐石にするものとして終幕部におくことによって、それなりのハッピーエンドを演じている。

だがほかのエリザベス朝劇といささか異なるところは、この結婚が手放しで祝福できるようなものでないことだ。二人の結婚は愛し合った結果というより、フランスに勝利したヘンリー五世が、一種の戦利品として強要したものだからだ。ヘンリーのほうではカトリーヌを見初めているが、カトリーヌのほうはあくまで負けたものが差し出す人質として、自分が選ばれたのだという意識を抱いている。

二人の結婚は歴史上の出来事である。それをイギリス側からみれば、我が国が敵国に勝ったことの証であり、なおかつフランスも皇女を嫁がせることによって、その勝利をたたえ、手を携えて平和を維持していこうとする姿勢を見せた。実際二人の結婚は、愛によって導かれてもいたのだ。こう考えたいところだろう。

ところがフランス側の見方はそうではない。この結婚によって英仏両国が平和な関係を取り結んだのは、時間稼ぎにすぎない。いずれ時が熟せばきっと巻き返しに出る。そう考えていたに違いないのだ。実際ヘンリー六世の時代になると、両国は再び血みどろの戦いを再開する。

ともあれ、この二人の結婚が、愛に基づくものというより、政治の都合に基づいていたものであることは確かだ。ヘンリーは一人の男としてはカトリーヌを愛したかも知れぬが、王としてはカトリーヌを獲物として取り扱ったのだ。

そんなカトリーヌは、ヘンリー五世を愛してはいない。だがヘンリーに嫁がねばならない必然性については十分わきまえていた。

シェイクスピアは、二人の結婚を描く最後の幕に先立って、心憎い挿話を導入している。そうすることで、この結婚のシニカルな側面を描き出しているのだ。第三幕でカトリーヌが次女のアリスから英語を習う場面がそれだ。この中でカトリーヌは次々と物事の名前をあげ、それを英語ではどういうか質問していく。

  カトリーヌ:足とガウンは英語で何というの?
  アリス:ダ・フト、ダ・カントといいますのよ
  カトリーヌ:ダ・フト、ダ・カントですって! まあ!
   なんていやらしい、耳障りな言葉でしょう
   淑女が口に出来る言葉じゃないわ
   わたしなら フランスの紳士の前では決して言いません
   ほんとに ダ・フト、ダ・カントだなんて
  KATHARINE:Comment appelez-vous le pied et la robe?
  ALICE:De foot, madame; et de count.
  KATHARINE:De foot et de count! O Seigneur Dieu!
   ce sont mots de son mauvais, corruptible, gros, et impudique,
   et non pour les dames d'honneur d'user:
   je ne voudrais prononcer ces mots devant les seigneurs de France
   pour tout le monde. Foh! le foot et le count!(V、4)

カトリーヌにとって、英語は憧れの国の言葉ではなく、いやらしい人間たちが話す耳障りな言葉である。ヘンリーはその耳障りな言葉で話す、いやらしい人間の象徴なのだ。

ちなみにここで言及されている言葉のうち、フトはフランス語の Foutre つまり「性交」を連想させ、カントは英語の Cunt つまり「ほと=女陰」を連想させる。だからカトリーヌは激しい嫌悪感を示したのだ。

最終幕で、ヘンリー五世はカトリーヌに対して、形式敵なプロポーズをする。ヘンリーは勝者としてのゆとりから、カトリーヌに対して鷹揚に振舞う。一方カトリーヌのほうは、自分が生贄だということを十分にわきまえながら、ヘンリーの求愛を受け入れる。

だが所詮は男女の平等な愛ではなく、勝者が敗者に強要する愛だ。シェイクスピアはそこのところを残酷なほどあけすけに描き出している。

  カトリーヌ:フランスの敵を愛するなんてできるでしょうか?
  ヘンリー五世:あなたがフランスの敵を愛するなんて無論できません
   しかし私を愛することはフランスの友人を愛することです
   私はフランスを愛するがゆえに
   ひとつの村ももらすことなく
   フランスのすべてを我が物にしたい
   そうなればフランスは私のものなり わたしはあなたのものになる
   つまりフランスはあなたのものになり 
   あなたはわたしのものになるのです
  KATHARINE:Is it possible dat I sould love de enemy of France?
   KING HENRY V:No; it is not possible you should love the enemy of
   France, Kate: but, in loving me, you should love
   the friend of France; for I love France so well that
   I will not part with a village of it; I will have it
   all mine: and, Kate, when France is mine and I am
   yours, then yours is France and you are mine.(X.2)

ヘンリー五世のひねりまわす理屈が、いかに人間の尊厳とかけ離れたものであるかということを、またそういう事態を生じさせたのが、戦争のもたらした理不尽な結果だったということを、同時代の観客たちは十分に知っていた。この世の中に力で購えないものは何もないのだと。





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