HOMEブログ本館英詩と英文学マザーグースブレイク詩集ビートルズ東京を描くフランス文学


プレスペロの独白:シェイクスピア最後の口上


「テンペスト」には二つの結末がある。劇内部での結末と、劇外での結末だ。両方とも主人公のプロスペロの言葉によって導かれる。しかし劇内部の結末で語られる言葉と、劇外の結末(劇全体のエピローグ)で語られる言葉は意味合いが異なっている。

プロスペロがこの劇の中で追及している目的とは、自分を追放し王位を奪った者たちに復讐し、王権を取り戻すことであった。そしてそのたくらみは成功する。しかしプロスペロには、自分の復讐の念がつまらないもののように思われてくる。ただの意地ではないか。そんなものにこだわって、どこが面白いというのか。

  プロスペロ:我々は夢と同じ材料でできている
   我々のちっぽけな人生など
   眠りの中の世界に過ぎない
  PROSPERO We are such stuff
   As dreams are made on, and our little life
   Is rounded with a sleep. (4.1)

自分が目覚めていると考えるから、受けた侮辱が耐え難く、それは復讐でしかぬぐえないように思われる。しかし、自分が寝ていて、夢を見ているとしたらどうなのか。

シェイクスピアは別のところで俳優に、「この世は舞台、人生は演技」と言わせているが、舞台と眠り、演技と夢はパラレルなのだ。

プロスペロは劇の中で、過去の裏切りのほかに、いまや別の攻撃にも直面した。キャリバンが反乱を起こし、自分を追放して、この島の王位を簒奪しようというのだ。

それを知ったプロスペロは当然怒る。しかし怒ったところでどう変わるというものでもない。彼は結局反乱者を許し、自分を王位から追放した者たちも許すことにする。それに伴って、自分の魔法の力も捨てようとする。それは復讐を遂げるためにだけ必要な武器だったからだ。

  プロスペロ:この魔法の力も
   もはや捨てようと思う
   天井の妙なる音楽を鳴らしながら
   魔法をかけて置いたこの者たちの感覚を
   目覚めさせてやったら この杖を折って
   そいつを地中深く埋め
   測量の鉛も届かぬところに
   この書物も放り投げてしまおう
  PROSPER But this rough magic
   I here abjure, and, when I have required
   Some heavenly music, which even now I do,
   To work mine end upon their senses that
   This airy charm is for, I'll break my staff,
   Bury it certain fathoms in the earth,
   And deeper than did ever plummet sound
   I'll drown my book.(5.1)

こうしてこの劇は、二重の宥和を成就して終わる。プロスペロは再び王位に戻り、追放される前の状態にもどった。歴史はかつて一巡する。

劇外の結末であるエピローグのほうは、プロスペロが語ることになっているが、実はプロスペロの姿を借りて、シェイクスピア自身が観客に語りかけているのだ、と多くのシェイクスピア研究家によって指摘されてきた。

この劇はシェイクスピアにとって、実質的に最後の作品だ。そこで筆をおくに当たり、観客に対してこれまでの厚誼に感謝し、安楽な余生を送ることを許していただきたいと、訴えかけているというわけなのである。

  エピローグ:いまや私の魔法はとけました
   ・・・
   皆様方の拍手を以て
   わたしを自由にしてください
   ・・・
   わたしにはもう
   妖精も魔法も使うつかうことができぬゆえ
   みなさまのお祈りに救われねば
   絶望するほかありませぬ
  EPILOGUE SPOKEN BY PROSPERO
   Now my charms are all o'erthrown,
   ・・・
   But release me from my bands
   With the help of your good hands:
   ・・・
   Now I want
   Spirits to enforce, art to enchant,
   And my ending is despair,
   Unless I be relieved by prayer,

シェイクスピアが劇に二重の結末を持ち込んでいるのは、この「テンペスト」だけだ。その理由は、劇の進行という内在的な事情ではなく、作者シェイクスピアという外在的な事情に根差していたわけである。





HOMEロマンス劇



 


作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2011
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである