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シェイクスピアのロマンス劇



「ペリクリーズ」以下のシェイクスピアの最晩年の作品群をロマンス劇に分類するのが、今日では当たり前のことになっているが、それはシェイクスピア自身が明示的に意図したものではない。エドワード・ダウデンが1875年に著した「シェイクスピア論(Shakespeare: A Critical Study of His Mind and Art)」の中で、この言葉を用いたのが始まりだ。それまでは、今日ロマンス劇と云われる「ペリクリーズ」以下の四作品は、喜劇に分類されていた。

「ペリクリーズ」、「シンベリン」、「冬物語」、「テンペスト」の四作品は、いずれも結婚と再会のハッピーエンドで終わるところから「喜劇」といっても不都合はない。しかし、劇の進行の大部分が悲劇的な要素で彩られていたり、長大な時間を背景にして、遍歴や別れが大きなテーマとなっていることなどが、それまでの喜劇の枠組みを大きくはみ出させている。

具体的にどんな要素がロマンス劇の特徴を構成するのかについては、あまりはっきりした定義はない。ロマンスとは、語源的に言えば、古代から中世にかけて流行した遍歴の物語をさすが、ペリクリーズ以下の作品群にも、遍歴と別れと再会とが大きなテーマとして組み込まれている。それがこれらの作品をロマンス劇と呼ぶ場合の、最低の根拠となるだろう。

これは語源学的な説明だが、逆に、ロマンス劇と称される諸作品に共通する要素を抽出し、そこからロマンス劇の特徴を帰納的に導き出すやり方もあろう。

四作品すべてに共通するのは、失われたものの回復と云うテーマだ。「ペリクリーズ」では解体した家族(父、母、娘)の再会が、「シンベリン」では誤解によって引き裂かれた男女の和解が、冬物語では父親によって追放された娘の父親との和解が、またテンペストでは弟によって簒奪された王権の回復が、それぞれテーマになっている。

主人公たちは、喪失を体験した後、長い遍歴の旅あるいは孤島での孤独な生き方をした挙句、最後には劇的な再会あるいは回復を遂げる。彼らは失われたものを取り戻すことで、スタート時点へと舞い戻るのだ。ここが、喜劇におけるハッピーエンドとは違うところだ。喜劇では結ばれた男女が新しい局面へと前進していくのに対して、ロマンス劇では昔の幸福だった時点へと遡及するのだ。

だがこれら四ッつの作品には、相互に微妙に違う点もある。とくにテンペストの場合には他の三つの作品と比べて著しい特徴がある。他の三つの作品では、再会までの長い時間が語られるのに、テンペストではたった数時間の出来事が語られるに過ぎない。劇の進行は現実の時間と並行しているわけだ。

だがこれも、主人公のプロスペロが追放されたのちに経過した時間を考えれば、長いスパンをカバーしているのだと考えられなくもない。舞台上の出来事はそうした長い時間を背景として内包しているのだとも考えられる。

こう考えれば、ロマンス劇とは、失われたものの回復を求めて探し回る主人公たちの遍歴の物語だと、帰納的に推論することができるかもしれない。



 ペリクリーズ Pericles
 シンベリン Cymbeline
 冬物語 The Winter's Tale
 テンペスト The Tempest




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