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シンベリン:シェイクスピアのロマンス劇



シンベリンは独裁的な王が自分の気まぐれから子供たちを放浪の運命に追いやり、その子供たちがさまざまな試練に耐え抜いた後に、最後には親子の和解を遂げるという物語だ。その和解の中に、シンベリンの娘イモージェンと孤児ポスチュマスの結婚が含まれていることから喜劇に分類されたこともあるが、話の大筋は喜劇と云うよりは運命劇であり、その点で悲劇的な要素ももっている。そんなところからトラジコメディと呼ばれることもあるが、今日ではシェイクスピア晩年の一連のロマンス劇に含められている。

シンベリンはホリングシェッドの年代記にはキンベリンとして出てくる、初期ブリテンの伝説的な王だ。この王の支配するブリテンにローマの使者がやってきてローマへの服属を求める。しかしシンベリンはそれを拒絶して戦争となり、最後には勝利してブリテンの独立を維持するということになっている。

しかし戦争の話はメインテーマではない。メインテーマは、イモージェンとポスチュマスの誤解による別離と劇的な再会そして結婚の話だ。

ポスチュマスは狡猾なイタリア人ヤキモーの謀略にだまされて妻であるイモージェンの貞節を疑い、召使いのピザーニオにイモージェンを殺すように命じる、しかしピザーニオはイモージェンに男装させて逃亡させる、逃亡したイモージェンはローマ大使の庇護を受けるが、最後にはシンベリンの宮殿において、シンベリンとの父子の和解と夫との結婚を成就させる。この大筋は、ボッカチオのデカメロンにある物語から概要を借りたものだと論証されている。

シンベリンとイモージェンの関係には、シンベリンの後妻母子との関係とシンベリンの息子たちとの関係が入り込んでくる。

シンベリンの後妻となった王妃にはバカ息子がいる。バカ息子はイモージェンに横恋慕するが、王妃はイモージェンが憎らしい。そこでイモージェンを殺すために毒を処方したりするが、最後には自分がその毒にあたって死んでしまう。バカ息子の方は、ポスチュマスの衣装を着てイモージェンを追いかけているうちに、イモージェンの兄たちによって首をはねられてしまう。

この兄たち、グィディーリアスとアーヴィラガスはまだ幼かった頃に、シンベリンによって追放された臣下のベレリアスが意趣返しに誘拐していったのだったが、ベレリアスは彼らを慈しみ育て、彼らもベレリアスを実の父親と思っている。この疑似親子の中に紛れ込んだイモージェンが最後に彼らの運命をシンベリンに結びつけるのだ。

以上簡単に要約したところからわかるとおり、このロマンス劇はイモージェンと云う美しい女性を中心に展開していく。イモージェンは美しいだけではなく頭もよく、気だてもよい。だから夫のポスチュマスが愚かな行動に走っても、打ちのめされるようなことはない。むしろ敢然と立ち向かい、自分の運命を自分で切り開いていく、そうした逞しさを持っている。そんな彼女だからこそ、イモージェンとポスチュマスの間を引き裂こうとしたヤキモーでさえ、感嘆せざるを得ないのだ。

  ヤキモ:いや目がくらんだせいではない 
   猿どもだって 美しい女とブス女の区別はつく
   判断が狂ってるせいでもない
   どんな馬鹿だって美しい女はわかるものだ
   飢えているせいでもない
   こんな美人を前にしたら
   すれっからしな女など興味を覚えぬものだ
  IACHIMO:It cannot be i' the eye, for apes and monkeys
   'Twixt two such shes would chatter this way and
   Contemn with mows the other; nor i' the judgment,
   For idiots in this case of favour would
   Be wisely definite; nor i' the appetite;
   Sluttery to such neat excellence opposed
   Should make desire vomit emptiness,
   Not so allured to feed.(1.6)

ヤキモーが邪悪な役割を果たしているにかかわらず、観客の目にはそう思わせないのは、彼がイモージェンの素晴らしさを一番よく受け入れている人物として描かれているからだ。彼にくらべれば夫であるべきポスチュマスのほうはずっと思慮の浅い、つまり他人の言葉を簡単に信じて妻の貞操を疑うような軽薄な男として描かれている。それだけに、この劇におけるイモージェンの存在は圧倒的な輝きをもってせまってくる。

王妃とその間抜けな息子の役割は劇にウィットを加える工夫程度のものであり、本質的な役割にはなっていない。王妃はバカ息子が死んだと聞いて絶望しながら死んでいくが、死の間際に自分が愛していたのは王位であってシンベリンではなかったと告白する、実はシンベリンに毒を盛って殺し、自分のバカ息子をその継承者にするつもりだったのに、息子が殺されて狂乱状態になってしまったのだ。このことを聞かされたシンベリンは自分の愚かさを改めて知るのだ。

最後にシンベリンの前には、二人の息子とその育ての父、イモージェンとポスチュマス、ヤキモーとピザーニオ、医師と占い師たちが集合し、これまでに起こったさまざまな出来事のからくりがあきらかにされる。そのからくりのうちに運命を読んだシンベリンはうれし涙を流しながら子どもたちとの再会を喜ぶのである。




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