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シーザーとは何者か There's the question


「ジュリアス・シーザー」という劇は、シーザーに対する疑問の言葉で始まる。シーザーは言うまでもなくローマの生んだ最大の英雄であり、ローマが民主制から帝政へと転換したきっかけを作った歴史上の大人物だ。その英雄の中の英雄とでもいうべきシーザーを描いたこの作品が、シーザーに対する疑問から始まるというのは、非常に感慨深いことといえる。

というのも、シーザーが歴史を画した大人物であることを前提にしても、彼が歴史上に果たした役割については、古来評価が分かれてきた事情があるからだ。

一方では、シーザーはローマ帝国の礎を作り、その後ローマが世界帝国へと躍進していく土台を作ったとする肯定的な見方がある、だが他方では、シーザーはローマの政治的伝統であった民主制を破壊し、専制的な政治体制へと道を開いた人物だとする否定的な見方もある。

シェイクスピアは、劇の冒頭でシーザーに対する疑問の言葉を呈示することで、この歴史上の英雄に対して再評価を試みているのではないか、そんな風に思えるふしがあるのだ。

といっても、シェイクスピアがシーザーに対して否定的な見方をしているかといえば、そう単純ではない。

たしかにシェイクスピアは、ブルータスを肯定的に描くことによって、その分シーザーの否定的な側面をあぶりだしてはいる。ブルータスは私怨に駆られてシーザーを倒したのではなく、国の行く末を憂慮してシーザーを倒したのであると言わせている限り、シーザーが倒されねばならなかったことにはそれなりの理由があったのだといっている。

だが反面そのブルータスにしても、行動に一貫性があるとは言えず、そこを衝かれる形でアントニーによって倒される。彼のシーザーに対する態度には一定の理由は認められるが、その行動は畢竟歴史の大きな流れに沿ったものとなることはなかった。だからブルータスの行動は所詮、テロリストと異なるところはなかった、そういっているようなところもある。

シェイクスピアはこの劇の中で、シーザーという人物に対する再評価を問題にすると同時に、シーザーを倒したブルータスという人物の個人的な資質を取り上げ、そこに歴史と個人の対立という近代社会特有の問題意識を持ち込んだのではないか、どうも筆者にはそんな風に受け取れるのだ。

さてここで、問題となっているシーザーへの疑問の言葉を聞いてみよう。劇の冒頭は、シーザーが政敵のポンペイウスを倒し、ローマに凱旋するシーンだ。英雄シーザーの凱旋を、おびただしい民衆が歓喜しながら出迎えるなかで、それを批判的に受け止めている人物がいる。マララスだ。

  マララス:なにが歓喜だ! あいつがどんな勝利をもたらしたというのだ?
   どんな戦利品をローマにもたらしたというのだ?
   捕虜たちを戦車の飾りにしてつれてきたというのか?
   石頭のトウヘンボクどもめ
   情け知らずのローマの賎民どもめ
   お前たちはポンペイウスを忘れたのか?(第一幕第一場) 
  MARULLUS:Wherefore rejoice? What conquest brings he home?
   What tributaries follow him to Rome,
   To grace in captive bonds his chariot-wheels?
   You blocks, you stones, you worse than senseless things!
   O you hard hearts, you cruel men of Rome,
   Knew you not Pompey?

ここでのマララスの言葉は、明らかな政治的意味合いを帯びてはいない。彼はシーザーに対して否定的であるだけだ。ただ世の中がシーザー崇拝で埋め尽くされている中で、このような言葉を吐くものもいる、そう観客に思わせることで、シェイクスピアは劇の冒頭からすでに、シーザーを相対化させる作業に取り掛かっていると考えることができる。

シーザーに政治的な野心を嗅ぎ取り、それがローマにとって否定的な効果をもたらすと憂慮するのは、キャシアスを中心にした民主制の擁護者たちだ。

  キャシアス:いいか あいつは巨像のように地上に立ちはだかり
   おれたちけちな男たちは
   その両足の間をうろつきまわりながら
   自分自身のために恥ずべき墓穴を探しているに過ぎぬ
   ・・・
   すべての神々の名にかけていうが
   いったいどんな肉を食らったおかげで
   シーザーはこんなに巨大になってしまったのか?恥ずべき時代になったものだ
   ローマにはもう貴い血統など失われてしまったのだ(第一幕第二場)
  CASSIUS:Why, man, he doth bestride the narrow world
   Like a Colossus, and we petty men
   Walk under his huge legs and peep about
   To find ourselves dishonourable graves.
   ・・・
   Now, in the names of all the gods at once,
   Upon what meat doth this our Caesar feed,
   That he is grown so great? Age, thou art shamed!
   Rome, thou hast lost the breed of noble bloods!

キャシアスはシーザーが独裁者になって、自分たち民主制の擁護者たちを弾圧するのではないかと恐れている。シーザーは民衆の支持を獲得することで、いつの間にか巨象のように大きな存在になってしまった。それに対して自分たちはねずみのようにちっぽけな存在に貶められかねない、キャシアスはそう憂慮する。

その憂慮はとりあえず、これまでローマの政治にあずかってきた自分たち貴族階級の個別的な利害を反映している。彼らは自分たちの立場を守るために、シーザーが強大になっては困るのだ。

個別的な利害に駆られているものは、ちっぽけな意図しかもてない。それは大儀とはいえない。だからそういう人物の吐く言葉は、崇高なものとはなりえず、ただの罵り言葉にしかなりえない。たとえばキャスカの言葉そうだ。

  キャスカ:正気に戻ったときにやつはいった
   もし自分に見苦しいところがあったとしたら
   それは病気のためだと思っていただきたいなどとな
   おれの近くに立っていた何人かの女は
   「まあもったいない」と叫んで許してやったものさ
   もっともそいつらはどうでもいいような連中で
   自分の母親をやられても
   許してやるような手合いだがな(第一幕第二場)
  CASCA:When he came to himself again, he said,
   If he had done or said any thing amiss, he desired
   their worships to think it was his infirmity. Three
   or four wenches, where I stood, cried 'Alas, good
   soul!' and forgave him with all their hearts: but
   there's no heed to be taken of them; if Caesar had
   stabbed their mothers, they would have done no less.

キャスカは民衆の心に訴えるシーザーの行為をここで罵っている。シーザーは自分の野心を表に出さず、民衆と同じレベルで語っているが、それはシーザーのずうずうしさの現れであり、それにだまされる民衆の愚かさを物語っているにすぎない、こういうキャスカの言葉には、個人的な怨恨しか認められない。

ところがブルータスは、シーザーに対して違う見方をするのだ。

  ブルータス:おれにはあの男にたてつく個人的な理由はない
   あるのは公の理由だ あの男は皇帝になりたがっている
   もしそうなったらあの男の性格がどう変わるか そこが問題だ
   マムシが這い出てくるのは決まって明るい日だ
   だから気をつけて歩かねばならぬ あの男を皇帝になどしたら
   それこそ毒牙を与えたのと同じこと
   その毒牙で禍々しいことをしだすに違いない
   ・・・
   あの男はマムシの卵だと考えたほうが良い
   いったん孵化するや その本性として人に危害を与えねばすむまい
   殻をかぶっているうちにつぶしてしまうがいいのだ(第二幕第一場)
  BRUTUS:I know no personal cause to spurn at him,
   But for the general. He would be crown'd:
   How that might change his nature, there's the question.
   It is the bright day that brings forth the adder;
   And that craves wary walking. Crown him?--that;--
   And then, I grant, we put a sting in him,
   That at his will he may do danger with.
   ・・・
   And therefore think him as a serpent's egg
   Which, hatch'd, would, as his kind, grow mischievous,
   And kill him in the shell.

ここでブルータスは、シーザーに対して個人的な怨恨はないといっている。あるのは公の憂慮だ。それはシーザーが皇帝になることに対する憂慮だ。シーザーは皇帝になることによって、おそらく独裁者になるだろう。それは自分を含めたローマの民衆にとって耐え難い結果をもたらすだろう。

個人に権力が集中することは、往々にして悲惨な結果をもたらすものなのだ。だから政治権力というものは、人々の間に分散されているほうがよい。そこまでブルータスが考えていという証拠はないが、とにかく独裁というものについては頭から不信を抱いている。

その不信感がブルータスを突き動かして、シーザーを倒すように仕向ける。この劇は独裁を阻止しようとするものの、反逆の大儀を描いた劇だといえる。





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