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毒が必要なものは毒が嫌い :シェイクスピアの歴史劇「リチャード二世」


リチャード二世は、ポンフレット城の中で、エクストンによって殴り殺される。だがそれは、ヘンリー四世が明示的に命じたことではなかった。彼はリチャードが邪魔な存在であることをほのめかしただけだ。それをエクストンが自分なりに汲み取って、リチャードを殺したのだった。

ヘンリー四世は、リチャードのほかにも邪魔なものが沢山いた。それらを片付けるにあたっては、臣下たちにおおっぴらに命令した。命令されたものたちは、殺した連中の首を次々とヘンリー四世のもとに運んできては、ねぎらいの言葉を受けたのである。

だが、エクストンだけは違った。彼はリチャードの意を汲んで、もっとも手ごわい敵を殺してあげたのだから、さぞ大きな褒美がもらえるだろうと思いながら、リチャードの死体をいそいそとヘンリーのもとに運んでくるのだが、それに対してリチャードの口から出てきた言葉は、意外なものだった。

  エクストン; 偉大な王、持参いたしましたこの棺の中には
   あなたの脅威 敵の中でももっとも手ごわい敵が
   息絶えて横たわっております
   ボルドーのリチャードめを私が始末いたしました
  ヘンリー四世; エクストン、そなたに感謝するわけにはかぬ
   そなたは自らの手で不名誉な行いをなし
   わしとこの名誉ある国を辱めたのだ
  エクストン; あなたの命を受けて行ったことです
  ヘンリー四世; 毒が必要なものは毒が嫌いときておるわい
  Exton; Great King; within this coffin I present
   Thy buried fear. Herein all breathless lies
   The mightiest of thy greatest enemies,
   Richard of Brdeau, by me hither brought.
  King Henry; Exton, I thank thee not; for thou hast wrought
   A deed of slander with thy fatal hand
   Upon my head and all this famous land.
  Exton; From your own mouth, my lord, did I this deed.
  King Henry; They love not poison, that do poison need.

ヤン・コットは、リチャードのこの最後の言葉を評して、ハムレットの口からでてもおかしくないといった。毒が必要なのに毒が嫌いとは、リチャード自身が己のことを語った言葉だが、それは個人の意思と正義とが分裂していることを意味している。ヘンリーはリチャードを殺したいのだが、その行為自体が正義に反しているがゆえに、それをおおっぴらにできないのだ。

ヘンリーは自分自身が喪主となって、リチャードの葬儀を盛大に行い、その後巡礼の旅に出ることを宣言して、劇から退場する。その後姿には、残酷な運命を一身に引き受けねばならぬものの、孤独がただよっている。



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