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小鳥になりたい I would I were thy bird


ロメオとジュリエットがバルコニー越に対面する場面は、この劇の、恋愛劇としてのハイライトシーンだ。二人の若い恋人たちが愛の言葉を交し合うこの場面は、おそらく人類が恋愛というものに関して抱いてきた、もっとも崇高な感情を盛り込んだものとして、未来に渡って引き継がれていくことだろう。

それにしても、ジュリエットはまだ14歳にならない少女、ロメオのほうは年齢を明示されていないが、言動からして経験に乏しい青年だ、しかもジュリエットに出会う直前まで、ロザリンドというほかの女性に首っ丈だった。そんな二人が、出会うやいなや、電撃的とも言うべき、愛の相互作用のとりこになってしまう。

愛の神キューピッドは盲目とシェイクスピア自身がいっているとおり、愛に理屈や打算はない、つまり純粋こそが愛の本質だ、そんなことをシェイクスピアはこの場面でいいたかったのだろう。

舞台にはまずロメオが現れて、ジュリエットのいる部屋の方向を見上げる。そこにはバルコニーが見え、その奥では部屋の光が輝いている。ロメオはその光を朝日にたとえ、ジュリエットこそがその光源つまり太陽だと考える。そして太陽の光であるジュリエットが月の光が照らす夜の闇を追い払い、自分の前に姿を現してくれることを願う。

  ロメオ:おや あそこの窓からもれてくる光は何だろう
   東の方角だ とすればジュリエットは太陽だ
   昇れ太陽よ 嫉妬深い月を追い払え
   月が青ざめて 悲しそうに見えるのは
   きみのほうが自分より美しいのを妬んでのこと
   月のことなど放っておけ
   その青ざめた侍女の服を着ようとするのは
   愚かなものだけだ 脱ぎ捨ててしまえ
   きみは我が理想 我が愛
   このぼくの気持をわかって欲しい(第二幕第二場)
  ROMEO:But, soft! what light through yonder window breaks?
   It is the east, and Juliet is the sun.
   Arise, fair sun, and kill the envious moon,
   Who is already sick and pale with grief,
   That thou her maid art far more fair than she:
   Be not her maid, since she is envious;
   Her vestal livery is but sick and green
   And none but fools do wear it; cast it off.
   It is my lady, O, it is my love!
   O, that she knew she were!

姿を現したジュリエットは、夜の闇に向かって独り言を語りかける。その独り言を、思いの対象である当のロメオに聞かれていることを知らないで。

  ジュリエット:おおロメオ、ロメオ、何故あなたはロメオなの?
   お父様も ご自身の名前もお捨てになって
   それがだめなら わたしを愛していると誓って
   そしたらわたしもキャピュレットの名を捨てる
   わたしにとって敵なのはあなたの名前
   あなたはあなた自身 たとえモンタギューでなくても
   モンタギューって何なの 手でもない 足でもない
   腕でもない 顔でもない 人間の体の
   どこでもないんだから そんな名前捨てなさい
   名前の中には何があるっていうの バラの花は 
   たとえバラという名前でなくても薫り高い
   あなただって たとえロメオと呼ばれなくなっても
   ロメオとしての美しさは変わらないわ
   だからその名を捨てておしまいなさい
   そんな名前をもちつづけるのはやめて
   わたしをあなたのものになさい(第二幕第二場)
  JULIET:O Romeo, Romeo! wherefore art thou Romeo?
   Deny thy father and refuse thy name;
   Or, if thou wilt not, be but sworn my love,
   And I'll no longer be a Capulet.
   'Tis but thy name that is my enemy;
   Thou art thyself, though not a Montague.
   What's Montague? it is nor hand, nor foot,
   Nor arm, nor face, nor any other part
   Belonging to a man. O, be some other name!
   What's in a name? that which we call a rose
   By any other name would smell as sweet;
   So Romeo would, were he not Romeo call'd,
   Retain that dear perfection which he owes
   Without that title. Romeo, doff thy name,
   And for that name which is no part of thee
   Take all myself.

ジュリエットはロメオを一人の男として愛してしまった。そのロメオがモンタギューという名を持っていることは、自分の愛にとっては障害かもしれないが、本質的なことではない。自分はロメオという男を、その社会的な地位や、外面から選んだのではなく、純粋な愛の対象として選んだのだ。

女性からするこうした愛の感情の吐露は、それまでの歴史上決して表面化したことはなかった。男女の結びつきは、あからさまな肉の欲望に基づくものより以前に、社会的な関係に縛られて起こるものだった。そこには無論、むき出しの性愛が入り込むこともあったろうが、性愛のみが結婚の機動力になることは珍しかった。

シェイクスピアはここで、二人の愛を自然な感情に基づいたストレートな愛として表現することで、人間の愛がもつ本源的な性格を表面に押し出しているのである。つまり人間というものは、家や社会的な地位といった表面的な属性だけからなるのではなく、動物としての自然な属性をも持っている。愛はそうした動物としての人間のあり方を、強い力を以て現出させるのだ。

ロメオの存在に気づいたジュリエットは、喜びの声で次のようにたずねる。

  ジュリエット:誰の導きでこの場所がわかったの?
  ロメオ:愛だよ 愛に導かれてここを探し当てたんだ
  JULIET:By whose direction found'st thou out this place?
  ROMEO:By love, who first did prompt me to inquire;

ロメオはジュリエットの自分に対する愛を確認して、愛には愛するものをひきつけあう特別の推進力があるのだと答える。愛の前では、何者も障害にはならない。

こうしてロメオは愛を象徴する言葉を発する。

  ロメオ:いっそきみの小鳥になりたい
  ジュリエット:わたしもあなたを小鳥にしたい
   でも抱きしめて殺してしまいそう
   おやすみなさい 別れるのがあまりにつらいので
   朝までこうしておやすみをいい続けたい(第二幕第二場)
  ROMEO:I would I were thy bird.
  JULIET:Sweet, so would I:
   Yet I should kill thee with much cherishing.
   Good night, good night! parting is such sweet sorrow,
   That I shall say good night till it be morrow.

小鳥は小さくて力のない生物だが、大空に自由に羽ばたくことができる。自分もそんな小鳥になって、きみの懐に羽ばたいていきたい。障害に面した恋人たちにとって、こんなにわかりやすいため息の言葉は、そんなに多くは見つからないだろう





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