HOMEブログ本館英詩と英文学マザーグースブレイク詩集ビートルズ東京を描くフランス文学



夜は愛の時節 Come, gentle night


初めて舞台に登場したときのジュリエットは、まだ幼さの残る少女であった。それがロメオとの恋に陥り、ロレンス神父の導きによって結婚の儀式を交わしてからは、成熟した女性へとドラスティックに変身する。成熟した一人の女としてのジュリエットは、女としての喜び、つまり性的な恍惚と結婚のもたらす豊穣を求めずにはいられない。

ところがロメオのほうは、ジュリエットの従兄弟ティボルトと口論になり、思わず彼を殺してしまったことにより、ただでさえ家同士の確執がもとで祝福されない身の上に加え、逃亡せざるを得ない状況に陥った。

そんなロメオをジュリエットは待ち続ける。彼女がロメオと結婚の儀式を交わしたのは三時間前だ。普通ならその形式的な儀式に続いて、実質的な儀式(性交)を行わなければならない時期だ。なのにロメオはなかなか現れない。

ジュリエットはロメオによって抱かれることを切望している。もはや日は暮れかかって夜が迫り来ようとしている。夜は恋人たちにとっての、プライベートな時間だ。ジュリエットは夜の到来とともに、ロメオもつれてきて欲しいと懇願する。

  ジュリエット:来ておくれやさしい夜 黒い眉のように漆黒の夜
   ロメオを連れてきておくれ 死んだ後には返してあげるから
   そしたら切り刻んで無数の小さな星にして
   夜空いっぱいにばら撒くがいいわ
   そしたら世界中の人が星空に見とれ
   ぎらつく太陽など見向きもしなくなるわ
   ああ 折角愛の館を買ったというのに
   まだそれを使わずにいるなんて
   体を買ってもらったというのに まだ楽しまれずにいるなんて
   一日がとても長く感じられるわ(第三幕第二場)
  Juliet:Come, gentle night, come, loving, black-brow'd night,
   Give me my Romeo; and, when he shall die,
   Take him and cut him out in little stars,
   And he will make the face of heaven so fine
   That all the world will be in love with night
   And pay no worship to the garish sun.
   O, I have bought the mansion of a love,
   But not possess'd it, and, though I am sold,
   Not yet enjoy'd:

ジュリエットが夜を黒い眉にたとえているのは、ロメオとはじめてであった仮面舞踏会のことを思い出しているからだろう。仮面の影にジュリエットは、思いかけずも恋人を見出したのだった。そのときと同じように、黒い眉をした夜の影にロメオをもう一度見出したいというのだろう。

だがこれから結婚の儀式を挙げようというのに、ジュリエットはロメオが死んだときのことにまで言及している。

死ぬという言葉が性的恍惚を意味するものとして使われることは、今日でもある。シェイクスピア時代の人々の想像力の中では、いっそう身近なものとして使われていたようなのだ。人は性的恍惚のうちから、新たな命を生み、また命をはぐくむ過程において、やがて死んでいく。死と再生とが、セックスの中で結びつくのだ。

ジュリエットがこの性的な恍惚を黒い眉の仮面と結び付けているのは、意味深いことといえる。黒い眉は暗黒のイメージを内在する限りで死のイメージと容易に結びつきやすい。一方夜と結びつく限りで愛の営みと結びつく。つまり黒い眉の仮面は死と愛と、このふたつを結びつける媒介者と解することができる。

ジュリエットとロメオとの結びつきは、やがて二人の死に発展していく。だからジュリエットのこの言葉は、二人の愛を語るとともに、死を予感してもいる。

そんなジュリエットを慰めるのは乳母だ。彼女はロメオの隠れ場所を知っている。そこに赴いていとしいお人を連れてくるから、存分に初夜の楽しみを味わいなさいと、じれるジュリエットを慰めるのだ。

  ジュリエット:ばあや縄をおくれ それで新床へ下りていくの
    ロメオのもとではなく墓がわたしの新床なのよ
  乳母:さあさあ お部屋でお待ちになって ロメオを連れてきますから
    そしたら存分にお楽しみなさい(第三幕第二場)
  Juliet:Come, cords, come, nurse; I'll to my wedding-bed;
    And death, not Romeo, take my maidenhead!
  Nurse:Hie to your chamber: I'll find Romeo
   To comfort you

乳母の言葉どおり、彼女の手引きで出会うことのできたふたりは、やさしい夜につつまれながら、結婚の実質的な儀式たる性交を行い、性的な恍惚感に浸ることになる。





前へHOMEロメオとジュリエット次へ




 


作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2009-2010
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである