HOMEブログ本館英詩と英文学マザーグースブレイク詩集ビートルズ東京を描くフランス文学



ロメオとジュリエット:シェイクスピアのロマンス劇


祝祭の中のロメオとジュリエット
乳母のエロティシズム Women grow by Men.
愛のソネット If I profane
小鳥になりたい I would I were thy bird
夜は愛の時節 Come, gentle night
後朝の歌 The herald of the morn
死の勝利:ロメオとジュリエット


ロメオとジュリエットは、不幸な愛を描いたロマンス劇として、シェイクスピアの初期の悲劇を代表するものだと受け取られてきた。たしかに愛し合う男女が、親同士の敵対によって愛の成就を阻まれ、死ぬことによってしか結ばれえなかったという話は、筋からすれば悲劇そのものだ。悲劇というのは、個人が運命の巨大な力に押しつぶされ、愛や希望を成就できないことを意味する近代的な概念だからだ。

だからこの劇の上演の歴史をたどると、ほとんどがみな、ロメオとジュリエットの運命のはかなさと、それに抗して自分たちの愛を貫こうとする、ふたりのけなげさに焦点をあてて演出している。

この劇には一方で、ラブロマンスという範疇には収まりきれないような、喜劇的で祝祭的な雰囲気があることは、誰もが気づいていたはずだが、そうした要素は悲劇性の影に追いやられている。実際、第4幕で出てくる楽師たちの喜劇的なやりとりなどは、舞台の雰囲気にそぐわないという理由で、カットされることが多かった。

だがシェイクスピアは、単に悲劇的な作品を描こうと思って「ロメオとジュリエット」を書いたのではない。二人の若い男女の不幸な愛は、たしかに魅力的な素材としてシェイクスピアに映ったであろうが、彼はそれを単調な悲劇に仕立てたわけではなかった。原作を読めばすぐに気づくとおり、この劇には祝祭的な要素が満ち溢れているし、卑猥な言葉や滑稽な会話が散りばめられている。読者はこの喜劇的な要素と、ラブロマンスのもつ悲劇性とを、かわるがわる見せ付けられて、純粋に不幸な愛の物語を読んでいるとは、とうてい受け取れないだろう。

シェイクスピア以前の時代においては、ラブロマンスというのは、基本的には喜劇の素材であった。ラブロマンスとは無論男女の愛をテーマにしたものだが、男女の愛とは精神的な結びつきというよりは、肉体的な結びつきと考えられていた。男女は肉体を通して交わることによって、子を作り、自然の中の死と再生のリズムに溶け合う。男女の愛は自然の豊かな営みの一部をなすのである。

だから彼らが運命によって翻弄され、ぐだぐだとわけのわからぬ境地にもがくなどといったことは、こと恋愛という自然のいとなみにとっては、ナンセンスそのものだったに違いない。恋愛というものは本来、カーニバルの精神と深く結びついており、したがって豊穣と笑いの精神に溢れたものだったのである。

運命とか社会の掟とかいったものは、ギリシャ劇以来悲劇のテーマだった。喜劇においては個人と自然、個人と社会との対立が表面化しないのに対して、悲劇ではこの対立がテーマになる。オイディプスは運命の逆らいがたい力によって、図らずも実の母親と寝てしまうのである。

このように、悲劇と喜劇とでは、著しい相違がある。シェイクスピアはそれを何故、ひとつの作品の中で融合させようと考えたのか。

シェイクスピアがこの作品の素材として利用したのは、1562年に書かれたアーサー・ブルックの詩劇「ロメウスとジュリエットの悲恋の物語」である。シェイクスピアは筋の内容をほぼこの原作に忠実に再現している。しかし原作にないものを加えた。シェイクスピアに特有のルネッサンス的な笑いである。そうすることによって、この作品を悲劇的な筋が祝祭的な場の中で展開していくという、未曾有の効果をもたらした。シェイクスピアが単にブルックの作品を再現しただけなら、我々はそこに退屈な悲恋物語しか見なかったろう。

こんなわけで、ロメオとジュリエットは、演劇史上、喜劇的男女の愛の物語と悲劇的なラブロマンスが始めて融合した記念碑的な作品なのだ。この劇以降、ラブロマンスが喜劇的な要素を取り払い、悲劇として純化されることで、近代的な意味でのメロドラマが誕生する。





HOME次へ




 


作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2009-2010
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである