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デスデモーナ:オセロ


デスデモーナはシェイクスピアの造形した女性としては、両義的で複雑な性格を持たされている。彼女はマクベス夫人のように邪悪ではないが、自分の周りに邪悪な運命を招きよせる。一方では夫に対して従順でありながら、自分の周りの男たちを欲望でがんじがらめにしてしまうのである。

彼女が男たちの欲望を駆り立てるのは、もって生まれたエロティックな魅力のせいだ。彼女はこの劇に登場する前から、獣のようなエロティシズムを体現した存在として言及される。イヤーゴがデスデモーナの父親に向かって吐く言葉「オスの羊とメスの羊がつるんでいる」というのは、そんなデスデモーナのワイルドな性格を表現したものだ。

だがデスデモーナは意識してエロティシズムを振りまいているわけではない。むしろ意識の表面では、従順で弁えのある貴婦人として行動しようとしている。自分がオセロへの愛に目覚め、そのために父親を嘆かせることになっても、それがワイルドな色彩を帯びないように、できるだけ自分の行為をソフィスティケートしようとする。

そこで彼女はいうのだ、自分はお母様が実の両親よりあなたを選んだように、オセロ様を選んだのですと。

  デスデモーナ:お父様
   わたしは二つの義務の間で引き裂かれています
   あなたには命をさずかり教育を受けさせていただきました
   それらのことがあなたを敬うようにとわたしに教えます
   わたしはあなたの娘なのですからと
   たしかにわたしはあなたの娘ですが わたしには夫があります
   そしてわたしのお母様が彼女の夫であるお父様を
   自分の実の父親以上に大事になさったように
   わたしも自分の夫であるムーア様を
   お父様以上に大事にしたいとも思うのです
  DESDEMONA:My noble father,
   I do perceive here a divided duty:
   To you I am bound for life and education;
   My life and education both do learn me
   How to respect you; you are the lord of duty;
   I am hitherto your daughter: but here's my husband,
   And so much duty as my mother show'd
   To you, preferring you before her father,
   So much I challenge that I may profess
   Due to the Moor my lord.(1.3)

これは一見して、ごく普通の恋愛観を表現したとも受け取れる。だが、女が男を選ぶ動機と、白人の女が黒人の男を選ぶ動機とは必ずしも一致しない。

シェイクスピアは、デスデモーナにオセロを選ばせることで、彼女の中のワイルドな部分を浮かび上がらせようとしているともいえる。

黒い背中と白い背中と二つの背中が一つの腹を共有しているというのは、いかにもワイルドなイメージだ。つまりデスデモーナの中には、獣的なセックスを求めるワイルドな一面があるのだ、そうシェイクスピアは訴えているのかもしれない。

だからオセロがデスデモーナに対する嫉妬に苦しみだし、その挙句理性を失うようになっていくのは、もちろんイヤーゴにたぶらかされたということもあるが、それだけでは解釈できない。

オセロもまたほかの男たちと同じように、デスデモーナの中にあるワイルドな魅力に気づき、それが自分にとって制御不可能な力を持っているのではないかと苦しむのだ。

デスデモーナには、自分の手の届かないような偉大な魅力がある。凡庸な自分にはそれをいつまでも引き留めておく能力がないかもしれない。こうした思いが、オセロに焦燥感を抱かせ、妄想をかりたてていくのだ。

  デスデモーナ:どうか私が貞淑だと信じて下さい
  オセロ:おお信じてやるとも 
   トサツ場に群がる夏のハエが
   風に吹かれながら卵を産むのだとな
   だがお前はあまりにも美しくかぐわしい匂いをしている
   そのことに俺の心は幻惑させられる
   お前はいっそ生まれてこなかった方がよかったのだ
  DESDEMONA:I hope my noble lord esteems me honest.
  OTHELLO:O, ay; as summer flies are in the shambles,
   That quicken even with blowing. O thou weed,
   Who art so lovely fair and smell'st so sweet
   That the sense aches at thee, would thou hadst
   ne'er been born!(4.2)

この会話の中で展開されているのは、オセロの一方的な誤解と、それに対するデスデモーナの純真ともいえる反応だ。デスデモーナが純真でつつましく、素晴らしい女として見える程、オセロは強く恐怖する。女としてのその美徳が、自分にとっては悪徳をはぐくむもとなのだ。

狂乱状態に陥ったオセロは、ついにベッドで横になっていたデスデモーナに襲いかかり、彼女の首を絞める。彼女はその意味が分からずに、オセロの愛に訴える。だが嫉妬で狂乱したオセロの耳にはデスデモーナの言葉が届かない。デスデモーナは何度か命乞いをする、オセロはその言葉を無視する。

  デスデモーナ:どうなさろうと、殺すのだけはやめてください
  オセロ:うるさい 売女め
  デスデモーナ:殺すのなら明日にして 今夜は許して
  オセロ:黙れ
  デスデモーナ:せめて半時の猶予を!
  オセロ:もう待てぬ
  デスデモーナ:ならせめてお祈りをさせてください
  オセロ:もう遅い
  DESDEMONA:O, banish me, my lord, but kill me not!
  OTHELLO:Down, strumpet!
  DESDEMONA:Kill me to-morrow: let me live to-night!
  OTHELLO:Nay, if you strive--
  DESDEMONA:But half an hour!
  OTHELLO:Being done, there is no pause.
  DESDEMONA:But while I say one prayer!
  OTHELLO:It is too late.(5.2)

デスデモーナは、この劇の中では、オセロの誤解の犠牲者にとどまっている。だからこそ観客に強いインパクトを残すことができる。ある意味では、ちょうどいい時に殺されたともいえるのだ。でなければ、彼女はいつ悪女としてふるまうようになるかもしれない。彼女の中のワイルドであやしい気質が、いつまでも淑女としてとどまらせておかないだろうからだ。





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