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オセロの嫉妬


オセロの並外れた嫉妬は観客を驚愕させずにはおかない。オセロは肌の色の相違を乗り越えてデスデモーナの愛を獲得し、人種差別の偏見を打破して彼女と結婚できたにかかわらず、ほとんどその直後にデスデモーナの不貞を疑うようになる。そしてその挙句に、狂乱状態となってデスデモーナを絞め殺すのだ。この間わずか二日しか経過していない。

オセロに嫉妬の感情を植えつけたのはイヤーゴだ。イヤーゴは策略を弄して、デスデモーナが不倫を働いていると、オセロに信じ込ませる。その感情は息をつく暇もないほど速やかに膨張し、あっという間に破裂する。オセロは自分の手で、結婚したばかりの新妻を殺してしまうのだ。

オセロの嫉妬には、仕掛けられた根拠があるとはいえ、その嫉妬を養うのはオセロ自身だ。オセロに嫉妬への強い傾向がなければ、こんなにも速やかに狂乱状態に追い込まれることはなかったろう。イヤーゴでさえも、嫉妬というのは、制御できない感情ではないことを十分に知っていた。だがオセロにはそれを制御できなかったのだ。

ヨーロッパ演劇の伝統の中では。男の嫉妬というのは、もともと喜劇の題材だった。あらゆる男は、結婚したとたんに、妻の不貞に目を光らせなければならぬ。でなければ寝取られ亭主となって、世間の笑いものになる。妻を寝取られた亭主には、恥の感情がありこそすれ、嫉妬などは無用というものだ。きちんとした男は、嫉妬をせずにいるものなのだ。

だがシェイクスピアは、この嫉妬を悲劇のテーマのひとつとして持ち込んだ。ここで嫉妬する男がどうして悲劇のヒーローになりうるのかという疑問が生じる。嫉妬せねばならぬような男は、間抜けな男なのではなかったのか。

もしかしたら、嫉妬には喜劇的な嫉妬のほかに、悲劇的な嫉妬もありうると、シェイクスピアは考えていたのだろうか。

嫉妬は妻の不貞を意識しているという点においては、妻に裏切られている状態との相関的な状態を表しており、そのかぎりで基本的には喜劇的なものだが、それが激情にまで高まり、嫉妬するものを破滅させるような場合には、悲劇的な情況をもたらすこともありうる。この場合には、嫉妬は誤解の感情的な表れといえなくもない。誤解は往々にして悲劇の温床となるのだ。

それ故、嫉妬はグロテスクな姿をとって、人間を破滅させる魔性のものだと、いえなくもない。イヤーゴの次のような言葉は、そのことを言い表しているのだろう。

  イヤーゴ:お気をつけなさい 嫉妬と云う奴に
   そいつは取りついたものの心をもてあそぶのです
   女房を寝取られても 
   不実な女への愛をあきらめる亭主はまだ幸いというものです
   だが女房を熱愛するあまりに
   いつまでもあきらめの悪い男はくそ食らえです
  オセロ:たしかにそのとおりだ
  IAGO :O, beware, my lord, of jealousy;
   It is the green-eyed monster which doth mock
   The meat it feeds on; that cuckold lives in bliss
   Who, certain of his fate, loves not his wronger;
   But, O, what damned minutes tells he o'er
   Who dotes, yet doubts, suspects, yet strongly loves!
  OTHELLO:O misery!(3.3)

この言葉の中では、嫉妬は人間の制御できない感情として、それに取り付かれたものを破滅させる悪魔として、イメージされているわけだ。

だから嫉妬に取り付かれた人間は、どんなものを見ても、それが歪曲されて見える。イヤーゴはそこを利用して、オセロの嫉妬を抜き差しならぬところまで膨張させる。

  イヤーゴ:(奥さんを)抱いたとか (奥さんに)乗っかったとか
   そんなふうなことです
  オセロ:抱いただと! 乗っかっただと!
   そんなことがありうるというのか けがらわしい
   ハンカチだ 白状だ ハンカチだ
   まず白状させてから 吊るしてやるか
   あるいは吊るしてから 白状させるか
   思うだけで身の毛がよだつ
  IAGO:With her, on her; what you will.
  OTHELLO:Lie with her! lie on her! We say lie on her, when
   they belie her. Lie with her! that's fulsome.
   --Handkerchief--confessions--handkerchief!--To
   confess, and be hanged for his labour;--first, to be
   hanged, and then to confess.--I tremble at it.
   Nature would not invest herself in such shadowing
   passion without some instruction. It is not words
   that shake me thus. Pish! Noses, ears, and lips.
   --Is't possible?--Confess--handkerchief!--O devil!--(4.1)

嫉妬に駆られたオセロは凶暴な犬となってデスデモーナに毒づく。デスデモーナはオセロが何故怒り狂い、自分を売奴呼ばわりするのか、まったくわからない。二人は結婚したばかりだし、これからセックスを楽しむべきときなのに、オセロはセックスの喜びどころか、狂気を以て自分を苦しめようとする。そんなデスデモーナに焦点を当てれば、この劇は立派な悲劇になりうる。

報われることなく、破壊されてしまった愛の悲劇というわけだ。

  オセロ:この美しい紙 神々しい書物には
   淫売という文字しか書かれていないのか
   何を犯したかだと! この売女めが
   お前の犯した罪を言葉にするだけで
   わしの顔は恥じらいで真っ赤に燃え
   ついには灰となって消えてしまいそうだ
   何を犯したかだって!
   天も鼻を塞ぎ 月も目を閉じ
   あらゆるものにキスをする淫乱な風も
   大地の洞穴に身をひそめてじっとしたまま
   耳を塞ぐだろう 何をおかしかたかだと
   恥知らずの売女め!
  デスデモーナ:なんてこと あんまりです
  OTHELLO:Was this fair paper, this most goodly book,
   Made to write 'whore' upon? What committed!
   Committed! O thou public commoner!
   I should make very forges of my cheeks,
   That would to cinders burn up modesty,
   Did I but speak thy deeds. What committed!
   Heaven stops the nose at it and the moon winks,
   The bawdy wind that kisses all it meets
   Is hush'd within the hollow mine of earth,
   And will not hear it. What committed!
   Impudent strumpet!
  DESDEMONA:By heaven, you do me wrong.(4.2)

こうしてオセロはクライマックスを迎える。ベッドの中で寝ているデスデモーナに襲い掛かるのだ。デスデモーナはオセロとの甘美な一夜を期待してベッドの中で待っていたのに、オセロはやさしく手を差し伸べるどころか、たけり狂った凶暴な手で、デスデモーナの首を絞め殺してしまうのだ。

そこにイヤーゴの女房エミーリアが現れる。彼女はオセロがデスデモーナを殺したことを知ると、次のように叫ぶ。

  エミリア:あああの方は天使
   お前は黒い悪魔だ
  オセロ:あの女は馬鹿な真似をした あれは売女だったのだ
  エミリア:お前の云うことは嘘だ お前は悪魔だ
  EMILIA:O, the more angel she,
   And you the blacker devil!
  OTHELLO:She turn'd to folly, and she was a whore.
  EMILIA:Thou dost belie her, and thou art a devil.(5.2)





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