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嘆きのコーラス:リチャード三世


クラレンスの死をリチャードから聞かされたエドワード王はびっくり仰天する。しかしリチャードがその犯人だとは露も疑わず、ただ自分が無力なために、このようなことが起こるのだと悩む。そんなエドワード王を、リチャードはひそかに殺すのだが、王の殺人場面は劇にはあらわれず、他の人の口をかりてほのめかすだけである。

第二幕第二場では、ヨーク公爵夫人とクラレンスの子供たちが現れ、クラレンスの死を嘆く。するとそこに皇后エリザベスが現れて、エドワード王が死んだことを告げる。

ここで皇后エリザベスと、エドワード王、クラレンス、リチャードの母であるヨーク公爵夫人、それにクラレンスの子供たちが、死者たちを嘆く場面が続く。

この場面はシェークスピア劇の中でも最も印象深いシーンのひとつだ。エリザベスは夫のために、子供たちは父親のために、母は息子たちのために、次々と嘆きの言葉を投げかける。それが進行する様子は、ギリシャ悲劇のコーラスを思わせる。

  エリザベス:嘆き悲しむのに同情はいらない
   わたしは愚痴をこぼすほど弱くはない
   泉の水が枯れ果ててしまったのなら
   月の雫をこの目に受けて
   世界をわたしの涙で溺れさせてやりましょう
   ああわたしの夫 いとしいエドワードのために
   子供たち:ああ わたしたちのお父さん やさしいクラレンスのために
  ヨーク公爵夫人:ああ わたしの息子エドワードとクラレンスのために
  エリザベス:エドワードなしでは生きていけない エドワードが死んだ
  子供たち:お父さんがいなくては生きていけない お父さんが死んだ
  ヨーク公爵夫人:二人がいなくては生きていけない 二人が死んだ
  エリザベス:この世でもっとも悲しい寡婦
  子供たち:この世でもっとも哀れな孤児
  ヨーク公爵夫人:この世でもっとも惨めな母
   ああ わたしがこの嘆きの生みの母なのだ
  QUEEN ELIZABETH: Give me no help in lamentation;
   I am not barren to bring forth complaints
   All springs reduce their currents to mine eyes,
   That I, being govern'd by the watery moon,
   May send forth plenteous tears to drown the world!
   Oh for my husband, for my dear lord Edward!
  Children: Oh for our father, for our dear lord Clarence!
  DUCHESS OF YORK: Alas for both, both mine, Edward and Clarence!
  QUEEN ELIZABETH: What stay had I but Edward? and he's gone.
  Children: What stay had we but Clarence? and he's gone.
  DUCHESS OF YORK: What stays had I but they? and they are gone.
  QUEEN ELIZABETH: Was never widow had so dear a loss!
  Children: Were never orphans had so dear a loss!
  DUCHESS OF YORK: Was never mother had so dear a loss!
   Alas, I am the mother of these moans!(U.2.66-80)

シェイクスピア劇が描く世界は暴力が充満する世界である。そこでは絶えず人々が殺される。そして殺したものの欲望の影で、犠牲者の家族の嘆き声が響き渡る。





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