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ミニ戦争ゲームとしてのテニス:シェイクスピアの歴史劇「ヘンリー五世」


ヘンリー五世が即位後に最初に行ったことはフランスとの戦争である。戦争の大義名分は、プランタジネット家が女性の王統を通じて、フランス王としての権利を保有しているということだった。この主張はいささか強引にも聞こえることから、ヘンリー五世は古い法律によってそれを補強しようとする。劇の中でサリカ法と呼ばれるものである。

カンタベリー大主教の言葉によって、王権の裏づけを確信したヘンリー五世は、いよいよフランスに向けて出兵することを決意する。この劇は、若きヘンリー五世がフランスを相手に戦い、敵を打ち破る勇猛さを描いたものなのである。

劇ではまずフランスの使節団が登場する。彼らはフランス皇太子の意向を帯びている。皇太子はフランスの領土の一部を要求するヘンリーに対して、当然のことではあるが、全面的に拒絶する。そしてその徴として、テニスボールを贈る。お前にできる戦いは、せいぜいテニスボールの打ち合いくらいだろうと、嘲笑したつもりなのだ。

テニスはフランスで始まったゲームだ。ブルボン王朝の歴代の王はみなこのゲームを好んだといわれる。それはボールの打ち合いを大砲の弾の打ち合いに重ね合わせて、ミニ戦争ゲームとしての意義をもっていたと思われるのだ。だからテニスのボールを相手に贈ることは、戦いを仕掛ける意味も持っていたと考えられる。

これに対してヘンリーは、宣戦布告の言葉を投げ返す。

  ヘンリー五世:どんな宝です 叔父上?
  エクセター:テニスボールですぞ、陛下
  ヘンリー五世:皇太子の親切は喜んでお受けしよう
    皇太子の贈り物とあなたがたのご苦労に感謝する
    いづれこのボールに見合うラケットが用意できたら
    是非フランスにおいて一戦交えることにしよう
    そのときはフランス王の冠をボールで吹き飛ばしてみせよう
    やっかいな男を敵にしたおかげで
    フランス中のコートがぼろぼろにされるだろうと
    そう 皇太子に伝えよ
  KING HENRY V:What treasure, uncle?
  EXETER:Tennis-balls, my liege.
  KING HENRY V:We are glad the Dauphin is so pleasant with us;
    His present and your pains we thank you for:
    When we have march'd our rackets to these balls,
    We will, in France, by God's grace, play a set
    Shall strike his father's crown into the hazard.
    Tell him he hath made a match with such a wrangler
    That all the courts of France will be disturb'd
    With chaces.(T.2)

ヘンリー五世の周辺には、敵側のフランスに内通する身中の虫ともいうべきものがいた。シェイクスピアの王権劇では必ず王を葬り去ろうとする敵役が出てくるのが通例だが、ここでは彼らがその役目を勤めているわけだ。ケンブリッジ、グレイ、スクループの三人である。

だが彼らは敵というには余りにも弱々しく描かれている。ヘンリー五世は彼らの裏切りに気づき罰しようとするが、反面場合によっては許してやろうという鷹揚な気持も持っている。

この劇におけるヘンリー五世は、勇猛一方で慈悲に欠けた王というのではなく、時には弱さを見せる人間性に満ちた人物として描かれているのだ。

  ケンブリッジ:わが過ちを告白し
    陛下の御慈悲におすがりしたいと存じます
  グレイ、スクループ:わたしどもも陛下の御慈悲におすがりします
  ヘンリー五世:その慈悲は先ほどまで心の中にわだかまっていたが
    そちたちの言葉によって息を止められ死んでしまった
    そちたちも恥を知るなら もう慈悲を口にするのはやめよ
  CAMBRIDGE:I do confess my fault;
    And do submit me to your highness' mercy.
  GREY SCROOP:To which we all appeal.
  KING HENRY V:The mercy that was quick in us but late,
    By your own counsel is suppress'd and kill'd:
    You must not dare, for shame, to talk of mercy;(U.2)

裏切りを暴かれた三人は、ヘンリー五世の慈悲にすがろうとするが、ヘンリーはそれを跳ね除ける。それは三人が、場合によっては許してやろうというヘンリーの意思を読み損なって、王たるもの慈悲など無用と答えていたからだった。



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