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亡霊の怨念 Remember me:ハムレット


迷えるハムレットに隠された真実を開示し、行動に駆り立てるのは父親の亡霊だ。亡霊は自分が弟によって殺され、王位を奪われた無念を語り、息子のハムレットに復讐するように求める。キーワードは亡霊が発する Remember me という怨念の言葉だ。それに対してハムレットは Remember thee と答える。
亡霊は息子の前に現れる前に、まずホレーショたちの前に現れる。息子と会うためには自分の出没する空間に息子を招かねばならない。その使者として息子の心を許した友人を選び、彼らの前に現れるのだ。冒頭で展開されるこのシーンは、観客に対して、これから始まる劇がいかに不吉な運命に取り巻かれているかを、暗示する。

一方ハムレットは、亡くなった父親のイメージをいつも思い浮かべているうちに、自分が父親の面影と本当に語り合っているような錯覚に陥ってもいた。そこへホレーショが、父親たる先王の亡霊と、実際に出会ったことを報告する。

  ハムレット:父上!俺には父上が見えるような気がする
  ホレーショ:どこにですか?
  ハムレット:心の中の目にだよ、ホレーショ
  ホレーショ:いつかお会いしたことがあります すばらしい王でした
  ハムレット:男の中の男であった
   あのような方とはもうあえないだろう
  ホレーショ:殿下、実は昨夜お会いしたのです(第一幕第二場)
  HAMLET:My father!--methinks I see my father.
  HORATIO:Where, my lord?
  HAMLET:In my mind's eye, Horatio.
  HORATIO:I saw him once; he was a goodly king.
  HAMLET:He was a man, take him for all in all,
   I shall not look upon his like again.
  HORATIO:My lord, I think I saw him yesternight.

こうしてハムレットはホレーショたちの導きで父親の亡霊と対面する。亡霊は自分が弟のクローディアスによって、寝ているところを耳に毒薬を注がれ、殺されたいきさつを語る。そして息子のハムレットに、父親の敵を討つように強く迫る。Remember me とは、息子に決意を硬く持つように迫る言葉だ。

  亡霊:さらばじゃハムレット わしを忘れるでないぞ
  ハムレット:とても耐えられぬ なんという悲惨なことか!
   だが待てよ 気をしっかりもたねば
   全身の力を震わせてしっかり立とう
   そしてあなたのことを忘れないようにしよう
   哀れな亡霊よ この世に我が記憶が存在する限り
   あなたのことは忘れないぞ
   我が記憶の物置から
   つまらぬ思い出のすべてを消し去り
   そこに焼き付けられた
   あらゆる事柄をきれいさっぱり忘れ去っても
   あなたが与えてくれた命令は
   脳みそにしっかり叩き込んでおくぞ(第一幕第五場)
  Ghost:Adieu, adieu! Hamlet, remember me.
   Exit
  HAMLET:O all you host of heaven! O earth! what else?
   And shall I couple hell? O, fie! Hold, hold, my heart;
   And you, my sinews, grow not instant old,
   But bear me stiffly up. Remember thee!
   Ay, thou poor ghost, while memory holds a seat
   In this distracted globe. Remember thee!
   Yea, from the table of my memory
   I'll wipe away all trivial fond records,
   All saws of books, all forms, all pressures past,
   That youth and observation copied there;
   And thy commandment all alone shall live
   Within the book and volume of my brain,
   Unmix'd with baser matter: yes, by heaven!
   O most pernicious woman!
   O villain, villain, smiling, damned villain!
   My tables,--meet it is I set it down,
   That one may smile, and smile, and be a villain;
   At least I'm sure it may be so in Denmark:

亡霊によって真実を知らされたハムレットは、復讐を誓う。いままで漠然と抱いていた父親の死に対する疑念と、母親の裏切りの実態が明らかになったのだ。これは不条理以外の何者でもない。不条理は正されねばならない、それはまた自分の良心への義務でもある。

  ハムレット:関節が外れた世の中だ 何もかも狂っている
   それを鍛えなおすのが俺の役目だ
   さあ いくぞ(第一幕第五場)
  HAMLET:The time is out of joint: O cursed spite,
   That ever I was born to set it right!
   Nay, come, let's go together.

ここに復讐劇としてのハムレットのお膳立てがそろう。あとは綿密な計画によって、ハムレットに復讐を成就させればよい。実際典拠となった北欧の英雄物語「アムレット」では、このあと直線的な復讐劇が展開していく。

だがシェイクスピアは、この劇をそう簡単な構造には収めなかった。亡霊に聞いたことは事実かもしれないが、もしかしたらそうではないかもしれない。ハムレットはあでもない、こうでもないと、相変わらず煮え切らないのだ。

ハムレットは亡霊の言ったことが果たして本当なのか、その根拠をさらに確かめたいと思う。そのために旅の芝居一座に、王殺しの場面を演じさせて、クローディアスがどんな反応を示すか探ろうとする。果たしてクローディアスは、王を毒殺する場面を見て顔色を変え、劇を中止させてしまう。ハムレットはいよいよ、亡霊の行ったことが真実だと確信を深める。

それでもなお、ハムレットは行動に移らない。クローディアスがたった一人で祈りを捧げている現場に遭遇し、復讐するにはこれ以上の機会はないという事態になっても、まだ行動できないでいる。

実際ハムレットが行動に移り、敵のクローディアスを殺すことができたのは、綿密な意図に基づいてというより、ハプニングからなのである。ハムレットは父親を殺されたもう一人の若者レアティーズから決闘を申し込まれ、それに答えて果し合いをする過程で、決闘の副産物のような形でクレーディアスを死に導くのだ。その際に哀れな母親ガートルードも一緒に死んでしまう。

ハムレットは復讐の劇だといっても、その復讐がハムレット自身の綿密な意図によって果たされたとは、到底いえないような感覚を観客にもたせているのは、シェイクスピアにいったいどのような意図があったからなのか、改めて不審に思われるところだ。

ところでシェイクスピアはなぜ、冒頭に亡霊を登場させたのか。原典の内容をそのまま採用したからだといえば、終わってしまう話ではあるが、シェイクスピアにはリチャード三世以後、劇の冒頭に近い部分で、これから展開していく筋をあらかじめ示しておくという癖のようなものがあった。喜劇では表面に出ないが、歴史劇や悲劇では意図的に用いている。

ハムレットの亡霊は、悲劇の中核とも言える運命を、観客に向かって提示している。だからそれは、ギリシャ悲劇の中に出てくるコーラスと同じような作用を果たしているといえる、シェイクスピアは亡霊に、この劇全体を貫いている運命のいかなるものかを事前に提示させることで、この劇が悲劇的なものだという主張をことさらに強調しているのではないか。





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