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道化と狂気 Only jig-maker:ハムレット


重大な使命を抱えたものが、その意図を周囲に気取られないように、道化や風狂を装うことはよくある。ハムレットの場合にも、父親への復讐を決意した瞬間に、今後道化を演じ続けるのだと、ホレーショに語る。そうすることによって、陰謀が渦巻く政治的な世界にあって、周囲のものを油断させることで、自分の隠れた意図を隠すことができ、強いては適切な行為につなげることができる。
ハムレットはオフェリアに向かって、自分は道化だといっているように、復讐を誓ったときから道化に徹しようとする。しかしハムレットの道化ぶりは、フォールスタッフやタッチストーンのようにはいかない。彼の王子としての身分の高さが、道化であることを妨げるのだ。

だからハムレットの道化としての自己意識と、周囲のものがハムレットを見る見方にはずれが生じる。これは道化であることにとって決定的なマイナスだ。道化は自分で道化として意識しなくとも、周りのものから道化と呼ばれるのに、ハムレットはそうは思われないのだ。そのかわり彼の道化としての演技は、狂気として受け取られる。

ハムレットが狂ったらしいことに、最初に気づくのは恋人のオフェリアだ。

  オフェリア:わたしがお部屋で裁縫をしていましたら
   ハムレットさまが 胴着の前をはだけ
   帽子もかぶらず 靴下はだらしなく
   くるぶしのあたりまで垂れ下がり
   お顔は真っ青 両膝を震わせながら
   悲しそうな表情で
   まるで地獄から這い上がってきたかのように
   わたしの前に現れたのです
  ポローニアス:お前への愛のゆえに狂われたのか?
  オフェリア:よくわかりません
   あるいはそうかもしれません(第二幕第一場)
  OPHELIA:My lord, as I was sewing in my closet,
   Lord Hamlet, with his doublet all unbraced;
   No hat upon his head; his stockings foul'd,
   Ungarter'd, and down-gyved to his ancle;
   Pale as his shirt; his knees knocking each other;
   And with a look so piteous in purport
   As if he had been loosed out of hell
   To speak of horrors,--he comes before me.
  LORD POLONIUS:Mad for thy love?
  OPHELIA:My lord, I do not know;
   But truly, I do fear it.

ハムレットは自分の道化振りを世間がどう評価してくれるか、それを確かめようとしてまずオフェリアのところに現れたのだろう。それに対してオフェリアは道化としてのハムレットではなく、気の狂ったハムレットを感じ取ったのだ。

本物の道化なら、フォールスタッフのように太鼓腹を抱え、赤茶けた鼻を突き出し、いかにも好色そうな目つきをしていなくてはならない。ハムレットには無縁な人相だ。そこで彼は、オフェリアが報告しているような、だらしない服装をして現れたわけだが、それは頭が狂ったことの証拠にはなっても、道化になったとは受け取られない。

このディレンマにはハムレット自身すぐに気づいたのだろう。自分はとても道化を態度で演じとおすことはできない。態度でだめなら言葉で道化を演じよう。道化のように人の話を脱線させて、その隙間から世界の反応を盗み見てやろう。こう決心する。

そのハムレットが好んでとるポーズといえば、本を読んでいるポーズだ。あるいは彼は本当に本を読んでいるのかもしれない。またはそう見せることで、この世界に対する無関心を周囲にアピールしているだけなのかもしれない。

  ポローニアス:何をお読みになっておられるので 殿下?
  ハムレット:言葉 言葉 言葉だ
  ポローニアス:どんな関係の本で?
  ハムレット:誰と誰の関係だと?
  ポローニアス:いやつまり 本に書いてあることです 殿下
  ハムレット:悪口さ (第二幕第二場)
  LORD POLONIUS:What do you read, my lord?
  HAMLET:Words, words, words.
  LORD POLONIUS:What is the matter, my lord?
  HAMLET:Between who?
  LORD POLONIUS:I mean, the matter that you read, my lord.
  HAMLET:Slanders, sir: for the satirical rogue says here
   that old men have grey beards, that their faces are
   wrinkled, their eyes purging thick amber and
   plum-tree gum and that they have a plentiful lack of
   wit, together with most weak hams: all which, sir,
   though I most powerfully and potently believe, yet
   I hold it not honesty to have it thus set down, for
   yourself, sir, should be old as I am, if like a crab
   you could go backward.

ハムレットの言葉はいよいよ軌道を逸脱して、周囲のものを困惑させる。というのも、彼の発する言葉はジョークというには余りに辛らつだからだ。

  ハムレット:俺は男には興味はない 女だってそうだ
   笑っているところをみると おまえもそう思っているようだな
  ローゼンクランツ:いいえ とんでもありません
  ハムレット:では何故笑った 男には興味がないと俺がいったときに?
  ローゼンクランツ:男がお気に召さないとあらば
   役者たちにはせいぜい断食の振舞しか期待できないと思ったものですから
  (第二幕第二場)
  HAMLET:man delights not
   me: no, nor woman neither, though by your smiling
   you seem to say so.
  ROSENCRANTZ:My lord, there was no such stuff in my thoughts.
  HAMLET:Why did you laugh then, when I said 'man delights not me'?
  ROSENCRANTZ:To think, my lord, if you delight not in man, what
   lenten entertainment the players shall receive from
   you:

ハムレットはローゼンクランツとギルデンスターンを憎んでいる。その憎んでいる相手に「俺は男は嫌いだ」というのには、それなりのわけがある。ところがそういわれたローゼンクランツにとって、男とは旅芸人たちを指す。この時代の演劇は、日本の歌舞伎と同じで、男だけで演じるものであったから、単に男といえば役者を指すことがあったのだ。

役者たちは、ハムレットを喜ばすためにやってきたのに、その当の本人から嫌いだといわれては立つ瀬がないだろう。ローゼンクランツはそう反論しているわけだ。ここにはハムレットの道化としての自意識が、周囲の認識とかみ合っていないありさまが伺われる。

ハムレットはクローディアスに対しても、道化であろうとする。

  クローディアス:機嫌はどうだ ハムレット?
  ハムレット:おかげさまで満腹です カメレオン並に
   空気ばっかり吸ってますから 空約束という空気を
   もっともそんなものでは鶏を太らせることはできますまいが
   (第三幕第二場)
  KING CLAUDIUS:How fares our cousin Hamlet?
  HAMLET:Excellent, i' faith; of the chameleon's dish: I eat
   the air, promise-crammed: you cannot feed capons so.

ハムレットの吐く言葉は道化の吐く言葉ではない。彼の言葉には真実のとげがある。そのとげは聞くものを用心させずにはいない。クローディアスはハムレットが本当に狂っているのではなく、ただそう見せかけているに過ぎず、その影には胡散臭い意図が隠されているのだろうと、用心するようになるのだ。

ハムレットのとげのある言葉は、オフェリアを傷つける。オフェリアにはハムレットが変わってしまった理由が最後までわからないのだ。

  オフェリア:機嫌よさそうに見えますわ
  ハムレット:俺のことか
  オフェリア:はい 殿下
  ハムレット:しょうがない 俺はただの道化役者だからな
   人間おもしろおかしく過ごすほかにどうすればよいのだ
   見ろ母上のお顔を 父上が死んでまだ二時間しかたたぬのに
   あんなに楽しそうだ
  オフェリア:いいえもう2ヶ月の倍になります
  ハムレット:そんなになるか?それじゃあ悪魔に黒い喪服でも着させよう
  (第三幕第二場)
  OPHELIA:You are merry, my lord.
  HAMLET:Who, I?
  OPHELIA:Ay, my lord.
  HAMLET:O God, your only jig-maker. What should a man do
   but be merry? for, look you, how cheerfully my
   mother looks, and my father died within these two hours.
  OPHELIA:Nay, 'tis twice two months, my lord.
  HAMLET:So long? Nay then, let the devil wear black,

このやりとりに見られるように、ハムレットは道化になりきれないまま、なおも道化であることにこだわる。そこに生じる齟齬が、愛するものを絶望させ、敵対するものを用心させる。

ハムレットの道化振りがもっとも印象深く演じられるのは、クローディアスとの次のようなやりとりだ。これに先立ちハムレットはオフェリアの父親ポローニアスを謝って刺し殺してしまっていた。ソノポローニアスの居場所をクローディアスにたずねられたハムレットは次のように答えるのだ。

  クローディアス:ハムレット ポローニアスはどこだ?
  ハムレット:食事中です
  クローディアス:食事だと どこでだ?
  ハムレット:あれが食っているのではなく 食われているのですよ
   政治好きのうじ虫どもがあいつを食い物にしているのです
   うじ虫こそは人間たちの皇帝
   人間は他の生き物を食って肥え太るが
   それはうじ虫に自分の肉を食わせるため(第四幕第三場)
  KING CLAUDIUS:Now, Hamlet, where's Polonius?
  HAMLET:At supper.
  KING CLAUDIUS:At supper! where?
  HAMLET:Not where he eats, but where he is eaten: a certain
   convocation of politic worms are e'en at him. Your
   worm is your only emperor for diet: we fat all
   creatures else to fat us,

王を前にして、王というものの虚栄を飾り気なく暴き立てる。こんな不遜なものの言い方はないだろう。これは道化の言葉ではなく、復讐の念に燃えたものが発する挑戦の言葉だ。





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