HOMEブログ本館英詩と英文学マザーグースブレイク詩集ビートルズ東京を描くフランス文学


ハムレット Hamlet


ヤン・コットのハムレット解釈
ハムレットのメランコリー Frailty, thy name is woman!
亡霊の怨念 Remember me:ハムレット
道化と狂気 Only jig-maker:ハムレット
ハムレットの独白 What an ass am I !
To Be or Not To Be:ハムレットの独白
オフェリア Ophelia :ハムレット
ポローニアスの監視:政治劇としてのハムレット
もういわないでSpeak no more :ハムレット
偉大さとは何だ Rightly to be great :ハムレット
墓を掘る道化たち Grave-makers :ハムレット
ハムレット劇の中の若者たち
弔砲を撃たせよ Bid the soldiers shoot :ハムレットの最後


シェイクスピアは16世紀から17世紀への変わり目の時期に創作活動の絶頂期を迎えた。「ハムレット」を書いたのは1600年から翌年にかけてのことと想定されているし、四大悲劇といわれる一連の作品群、そして喜劇の最高傑作とされる「十二夜」が相次いで生み出された。
「ハムレット」がシェイクスピアの最高傑作であることは誰しも異論がないところだ。しかもシェイクスピアという一芸術家の傑作というにとどまらず、人類の生んだもっとも偉大な芸術作品といってもよい。

今日ハムレットという名称は、世界中のどんな子どもでも知っている。内容はよく知らなくてもその名前だけは誰でも知っている。その点、レオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザと並んで、人類の歴史の中でもっとも有名になったキャラクターだ。

しかしこのハムレットという人物ほど謎につつまれたものはない。ハムレットは劇の中で、叔父によって父親を殺され、母親を奪われた可愛そうな子どもだ。その子どもが死んだ父親の亡霊にそそのかされて、復讐を決意する。だがその決意はいつも相反する感情によって揺れ動く。彼は明確な意思に基づいて決然と行動するタイプの人間ではなく、あれかこれかと、いつも判断に迷っている優柔不断な青年なのだ。

だからハムレットが目的を果たしても、それで劇が結末を迎えたというような、すっきりとした印象を観客に与えることがない。第一ハムレットも最後には死んでしまうのだ。単に復讐という目的を達成するためになら、もっと別のやり方はいくらでもあったろう。なにも自分自身が死ぬような危険を冒すこともなかったのだ。

このようにハムレット自身がつかみ所のない矛盾に覆われている一方、劇そのものの内容も一筋縄ではない。実際上演以来今日まで、この劇ほどさまざまな解釈を許してきたものはない。評論家たちはそれこそ、ありとあらゆる解釈をこの劇に加えてきたのである。

復讐劇という解釈のほかにも、人生の意味を問う哲学的な劇、理論と実践との不一致を強調する不条理劇、愛の悲劇を描いた壮大な叙事詩というような解釈がある一方、暴力と道徳との対立に焦点をあてた政治的な劇だという見方まである。つまりこの劇は一義的な解釈に収まるような単純な作品ではないのだ。

こんなにも多くの解釈を許す理由のひとつとして、この作品の劇としての非完結性があげられよう。まずその長さだ。舞台での上演を前提にした作品としては異常に長いのだ。

ヤン・コットによれば、この劇を完全に上演するには6時間近くかかるだろうという。実際にはそんなことは不可能だ。それで演出家たちは、いきおい劇のプロットを取捨選択して上演せざるを得ないことになる。そこから演出家の数ほど異なった演出のあり方が生まれてきたわけだ。そこにこの劇の解釈をめぐる対立が生まれてくる理由がある。

シェイクスピアはなぜ、こんなにも長い劇のテクストを書いたのだろうか。果たして彼はそのテクストが完全に上演されることを望んでいたのだろうか。また上演用に一部がカットされることを予想していたとしたら、なぜそんなことをする気になったのだろうか、ざっとこんな問題意識が生まれてくるところだ。いまとなっては、シェイクスピアの意図を完全に理解することはできない。いえることは、この作品が、演劇としての完結性あるいは統一性を欠いているということだけだ。

シェイクスピア劇のほとんどは、当時伝わっていた物語や出版物を典拠にしている。「ハムレット」の場合、直接の典拠として用いられたのは、スカンジナヴィアの12世紀の英雄物語だ。サクソ・グラマティクスによって書かれたこの英雄物語は、父王を叔父によって殺された王子アムレットの復襲物語である。アムレットという名前自体がハムレットにそっくりなことからわかるように、筋書きにおいてはおおむねハムレットの下敷きとなっている。

アムレットの復讐物語をそのまま使っていたなら、この劇はもっと単純な構成をとっていただろう。なにも6時間近い上演時間を要する複雑な劇に仕立て上げなくてもすんだはずだ。アムレットがハムレットになるには、もうひとつの動機がからんでいたと想像される。

シェイクスピアのひとり息子はハムネットという名前だった。このハムネットが数年前に11歳で死んだ。シェイクスピアはハムレットという劇を書くにあたり、父親としての自分と死んだ息子との親子の関係を改めて思い直し、その結果抱いた心情をこの劇に盛り込んだ可能性がある。

ただ単に父親の復讐をするだけなら、ハムレットはこんなにも悩まないでもすんだはずだ。ところがシェイクスピアはハムレットのうちに、死んだ息子ハムネットの影を重ねあわせ、そこに早世した息子の、あるいはありえたかもしれないさまざまな可能性を読み取ったのかもしれない。

そんな父親としてのシェイクスピアのやるせない気分が、この劇を普通の劇の常識にはあてはまらない、異常な作品に仕上げあげたのではないか。筆者などはふと、そんな風に感じることがある。





HOME



 


作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007-2010
このサイトは、作者のブログ「壺齋閑話」の一部を編集したものである